テーマ:遺構

二代目横浜駅遺構

鉄道開業当時の横浜駅は現在の桜木町駅でしたが、東海道本線と外れていたために、この地(横浜市営地下鉄高島町駅の少し北側)に二代目横浜駅が大正3年(1914年)に開業しました。しかし、関東大震災で駅舎が倒壊したために、横浜駅は昭和3年(1928年)に現在地に移転しました。
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造船船渠記念碑

呉市の歴史の見える丘にある記念碑。戦艦大和をはじめ、時代を代表する商船を数多く建造した旧呉海軍工廠造船船渠(ドック)が埋め立てられることになり、ドックの壁石を使ってドックの底に下りる階段を再現したものです。
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広島城の暗渠跡

広島城の南側にある地下歩道を少し入った所の壁に案内板が設置され ています。この暗渠は、かつて広島城の内堀と中堀を結んでいたもので、 堀の水量の調節のためのものだったと考えられているそうです。
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広島城天守閣礎石

広島城の天守閣は原爆で破壊されてしまいましたが、その後昭和33年 (1958年)に再建されました。その際、もと天守閣柱下の礎石が掘りおこされ天守閣の直ぐ近くのこの場所に原型のまま移され保存されています。
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開通合名会社煉瓦遺構

明治時代に建てられたと推定され、関東大震災で倒壊した煉瓦造りの建物の遺構で、横浜の開港記念会館のすぐ近くに保存されています。この会社は横浜港から陸揚げされる貨物の通関・発送をしていた商社だったそうです。
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旧横浜居留地91番地塀

横浜居留地91番地は、明治初期から昭和40年(1965年)までの通算90年弱の間、 外国商社の一つであるイタリア系蚕種・生糸輸出商社デローロ商会の所在地でした。この塀は旧居留地の建物の外構の姿を示す唯一の遺構です。
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石川島播磨重工業・造船所跡

東京都江東区豊洲は、かつて石川島播磨重工業(現在のIHI)の造船所が あった処。当時の船のドックがそのまま利用されていて、アーバン・ゲートブ リッジはそこに架かる跳開橋。その傍には大きなクレーンも残されています。
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晴海橋梁

東京都中央区晴海と江東区豊洲にある東京都港湾局専用線(晴海線)の 鉄道橋(廃橋)。昭和32年(1957年)に供用開始されましたが、晴海線が 平成元年(1989年)に廃止となり、本橋梁は遺構として残されました。
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東京都港湾局専用線跡

東京都港湾局専用線は、かつて東京港に敷設されていた東京都港湾局運営の専用鉄道。貨物輸送のトラックへの転換に伴い、平成元年(1989年)まで に全廃となりました。江東区立豊洲北小学校の脇に線路の跡が残されています。
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産業遺構・錨

豊洲の地は昭和初期から石川島播磨重工業の造船工場等が操業し、日本の基幹産業の発展に大きく貢献してきました。その歴史を語り継ぐために、 豊洲三丁目公園の斜向かいの歩道に錨のモニュメントが設置されています。
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二代目横浜市庁舎基礎遺構

明治44年(1911年)6月25日に竣工した2代目横浜市庁舎は、外観は 煉瓦作りのルネサンス様式で、全体に白い自然石の帯でまいている華麗な建物でしたが、大正12年(1923年)の関東大震災で被災し焼失しました。
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旧居留地消防隊地下貯水槽遺構

明治4年(1871年)から明治32年(1899年)まで、ここを本拠地としていた居留地消防隊の防火貯水槽として建造され、昭和47年(1972年)まで使用されていたそうです。横 浜消防局本部も置かれていたことがあり、消防救急発祥の地でもあります。
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三条大橋石柱

三条大橋の西の袂に残されている「天正十七年津国御影」「七月/吉日」 と刻まれている石柱。天正期の橋は大正元年(1912年)に架け替えられま したが、その時不要になった石柱は京都市内の庭石に用いられたそうです。
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汽車道

明治44年(1911年)に鉄道路線、臨港線(通称税関線)が開通し、この路線は、旧横浜駅(現桜木町駅)と新港埠頭を結んだものでした。その廃線跡が、現在では「汽車道」という名称のプロムナードになっています。
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旧税関事務所遺構

大正3年(1914年)5月に建設された横浜港の税関事務所の遺構。この事務所は3階建てレンガ造りのゴシック様式の建物で、ガス暖房 や電気照明も完備していましたが、関東大震災により焼失してしまいました。
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山手80番館遺跡

横浜に現存する唯一の関東大震災前の外国人住宅の遺構で、震災当時はマクガワン夫妻の住居だったそうです。この地はかつての外国人居留地の 中心地で、現在もその面影が感じられるところです。
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足尾銅山

栃木県日光市の足尾地区にある銅山跡。足尾銅山は天文19年(1550年) の発見で、江戸時代には年間1200トンもの銅を産出していましたが、現在では閉山されて観光施設になっています。
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横浜港駅

横浜港駅は横浜市中区新港町にかつて所在していた国鉄の鉄道駅。 明治44年(1911年)9月1日に横浜港荷扱所として開設され、のちに正 式に横浜港駅となり、旅客用のプラットホームが設置されました。
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掘立柱建物址

藤沢市の大場城址公園にある掘立柱建物址。この石柱は昭和43年(1968年)の 発掘調査で確認された高床建築の柱穴の配列を示したもので、実際の柱穴は現地表下50cmに保存されていて、これは原位置ではないとのことです。
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一等馬見所

横浜市中区の根岸森林公園内にある横浜競馬場の遺構。 アメリカ人建築家J・H・モーガンによる設計で、昭和4年(1929年)に竣工。 平成21年(2009年)に経済産業省より、近代化産業遺産に指定されました。
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レンガ造り井戸遺構

横浜市の港の見える丘公園のフランス山地区にあるレンガ造り井戸の遺構。このレンガ造り井戸は明治29年(1896年)のフランス領事公邸竣工時に、上水道が山手まで敷設されていなかったために設置されたものだそうです。
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卵形下水管

横浜市中区山下町の中土木事務所の前に展示されている卵形下水管。明治3年(1871年)に、関内居留地内全域に埋設された陶管で、これが我国最初の近代的下水道だったとのことです。
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ドックヤードガーデン

日本に現存する最古の石造りドックヤードであった旧・横浜船渠(後の三菱 重工業横浜造船所)第2号ドックを復元・保存したもの。現在は、みなとみらい21のイベントスペース・オープンテラスとして利用されています。
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