テーマ:芭蕉句碑

芭蕉句碑(戸塚)

横浜市戸塚区の富塚八幡宮の境内にある、芭蕉の句碑。   「鎌倉を 生きて出でけむ 初松魚はつかつお」元禄5年(1692年)、芭蕉49歳の時の作句だそうです。
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芭蕉句碑(岡崎城)

岡崎城公園内、天守閣近くの龍城神社の脇にある松尾芭蕉の句碑。     「木のもとに 汁も鱠も 左久良哉」元禄3年(1690年)3月2日、伊賀で歌仙を開いた時の発句とのことです。 >
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芭蕉句碑(金色堂)

中尊寺金色堂の傍に、松尾芭蕉が詠んだ句の碑が建てられています。        「五月雨の 降り残してや 光堂」500年経っても光堂は色あせずに美しいままだ、と詠んだものだそうです。
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芭蕉句碑(不破の関)

岐阜県不破郡関ケ原町の不破関跡に建つ松尾芭蕉の句碑。     「 秋風や藪も畠も不破の関 」芭蕉が伊賀上野への旅を記した「野ざらし紀行」の中の一句だそうです。
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芭蕉句碑(青墓)

松尾芭蕉が、円興寺の源朝長公の墓にお参りした時に作った句。     苔埋む 蔦のうつつの 念仏哉元円興寺の仁王門推定地のすぐ近くに句碑が建てられています。
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芭蕉句碑(川崎)

京浜急行八丁畷駅のすぐ近くに建立されている、松尾芭蕉の句碑。    「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」川崎宿まで見送りにきた門人たちと最後の別れを交した時に詠んだ句です。
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芭蕉句碑(日本橋)

松尾芭蕉の江戸住まいの最初の地が、小田原町(現日本橋室町)と言われ、   「 発句也 松尾桃青 宿の春 」  の句碑が、中央区日本橋室町一丁目、老舗の佃煮屋の店先に建っています。
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芭蕉句碑(高館)

源義経自害の地と伝えられる高館に建つ松尾芭蕉の句碑。     「 夏草や兵どもが夢の跡 」平泉の栄華や義経に思いを馳せ、芭蕉がこの地で詠んだと云われています。
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芭蕉句碑(関口芭蕉庵)

東京都文京区の関口芭蕉庵にある、俳聖松尾芭蕉の句碑。       古池や 蛙飛こむ 水のをと芭蕉翁280回忌に建てられたもので、文字は真筆とのことです。
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芭蕉句碑(学習院大学構内)

江戸時代、この地は富士見台と呼ばれていて富士見茶屋があった処で、その茶屋の傍らに文化7年(1810年)、雑司ケ谷の俳人金子直徳が        目にかゝる 時や殊更 五月富士の芭蕉の句碑を建てたとのことです。
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芭蕉句碑(源太坂)

静岡県富士市今泉の源太坂にたつ松尾芭蕉の句碑。  「 目にかかる 時やことさら 五月富士 」五月という雨の多い時期に、富士山が見えたということを詠んでいるそうです。
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