テーマ:牛若丸

五条大橋

京都市を流れる鴨川に架かる橋で、昔は今の松原橋の位置に架かっていま した。古くから洛中から鴨川東岸への、特に清水寺参詣のための便として架橋されていた橋で、牛若丸と弁慶が出会った場所との伝説で有名です。
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五條天神社

延暦13年(794年)の 平安京遷都の折、空海が勧請したとされる京都市下京区松原西洞院西入天神前に鎮座する神社。「義経記」では、武蔵坊弁慶出生や義経・弁慶の出会いに深く関わる神社として登場しています。
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光念寺

京都市北区、牛若丸の生誕地とされる処から程近くにある浄土宗のお寺。 常盤御前が牛若丸の安産を祈願して寄進したと伝えられる「腹帯地蔵」が 安置され、昔から安産祈願に多くの人の信仰を集めてきたそうです。
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源義経産湯井遺址

京都市北区、大徳寺の北を東西に通る紫竹南通りに残されている井戸の跡。 この地付近は、源義経の父源義朝の別邸があったと伝えられる処で、 牛若丸の誕生時に、この井戸水を産湯に汲んだとも伝えられています。
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牛若丸胞衣塚

京都市北区紫竹牛若町の畑の中にある牛若丸のものと伝わる胞衣塚。 胞衣とは胎盤のことで、産後の女性は分娩後概ね30分以内に胞衣を排出し、 昔から胞衣を大切に扱ったことは各地の民間伝承に見られるそうです。
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牛若丸誕生井

京都市北区紫竹牛若町の畑の中にある井戸で、すぐ近くに胞衣塚もあります。 この地は源義朝の別邸があった処で、牛若丸の母である常盤御前が住んでいた所と伝えられています。そして、 牛若丸の誕生時には、この井水を産湯に汲んだという伝説があります。
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常徳寺

常徳寺はかつては知足院という大寺院でしたが、常盤御前が源義経 (牛若丸)の安産祈願のためにお参りしたと伝えられる地蔵菩薩像が安置されており、「常盤地蔵」の名で呼ばれています。
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僧正が谷

京都市左京区、鞍馬山の奥の院の手前にある谷で、不動堂があります。この地は牛若丸が武術を修行したと伝えられる処で、牛若丸に剣術を教えたのはここにすむ鞍馬山僧正坊という天狗だったそうです。
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義経公背比べ石

鞍馬寺の奥の院へ向かう参道の一番高いところにある高さ約1.2mの石。牛若丸(源義経)が16歳のとき、奥州平泉の藤原秀衡のもとに下る際、名残りを惜しんで背比べをした石と伝わっています。
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義経公息次ぎの水

京都市の北、鞍馬寺の奥の院へ向かう参道の途中にある湧き水。牛若丸(遮那王)が東光坊から奥の院へ兵法の修行へ通う途中、この清水を汲んでのどを潤したと伝えられています。
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東光坊跡

京都の鞍馬山にある牛若丸が預けられていたと伝わる東光坊阿闍梨の僧坊跡。牛若丸(遮那王)はここで7歳から17歳まで暮らし、昼は学問、夜は武芸に励んでいたとのことで、昭和15年(1940年)に供養塔が建てられました。
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川上地蔵堂

京都の鞍馬山の牛若丸が預けられたとされる東光坊跡の向かいにある堂。遮那王と称した牛若丸(後の源義経公)の守り本尊である地蔵尊が祀られており、牛若丸は日々修行のときに、この地蔵に参拝した伝わっています。
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鞍馬寺

京都府京都市左京区鞍馬本町にあり、鞍馬弘教総本山となっているお寺。鑑真の高弟・鑑禎が宝亀元年(770年)に草庵を結んだのが始まりとのこと。牛若丸が修行をした地として著名で、能の「鞍馬天狗」でも知られています。
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牛若丸・弁慶像

牛若丸と弁慶が出会ったのは、京の五条の橋の上ということになっています。京都の五条大橋の西側(河原町通との交差点近く)の中央分離帯には、その状景を模した京人形(御所人形)風の2体の石像が設置されています。
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