テーマ:石垣山一夜城

早雲寺

  足柄下郡箱根町湯本にあるお寺で、北条早雲の遺言により北条氏綱が建 立した後北条氏の菩提寺。境内には北条五代のお墓があります。小田原 合戦のときには、一時豊臣軍の本営が置かれたところでもあります。  
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名胡桃城址

沼田氏が沼田城の支城として築城したとも、また、真田氏が沼田領侵攻のための前線基地として築城したとも云われている城です。 天正17年(1589年)に北条氏がこの城を奪取したことが小田原征伐の原因となりました。
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小田原城

後北条氏の居城だったことで有名な神奈川県小田原市にあった城。 上杉謙信や武田信玄の攻撃にも耐えた難攻不落の城でしたが、天正18年 (1590年)、豊臣軍の包囲によりついに落城、北条氏は滅亡しました。
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安斎町跡

小田原城箱根口門から南に向かって通る1本の道が安斎町の跡。 安斎町の名称の由来は田村安斎邸があったということですが、 ここで北条氏政・氏照が切腹をしたと伝わっています。
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北条氏政・氏照の墓

北条氏政は後北条氏の第4代領主。氏照はその弟で八王子城主。 天正18年(1590年)、豊臣氏による小田原攻めにより小田原城が落城。 自刃した両人の遺体はこの地にあった伝心庵に埋葬されたとのことです。
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石垣山一夜城跡

天正18年(1590年)に豊臣秀吉が小田原征伐の際に築城した城。秀吉はこの城に淀君ら側室や千利休、能役者を呼び茶会を開き、また天皇の勅使を迎えたりもしました。現在は石垣山一夜城歴史公園になっています。
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北条氏照墓

北条氏康の3男で初めは武蔵滝山城城主、後に八王子城城主。天正18年(1590年)の小田原征伐の際には徹底抗戦を主張し、自身は小田原城に籠もりましたが、小田原開城後、兄・氏政と共に切腹(自害)を命じられました。    
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八王子城

北条氏康の三男である北条氏照が滝山城に代わる城として築城した城。小田原北条氏の有力な支城でしたが、天正18年(1590年)の小田原征伐の際、豊臣軍に攻められて落城、その後廃城になりました。
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徳川家康陣地跡

天正18年(1590年)の小田原戦役の際、徳川家康は豊臣方の先鋒として約3万人の兵を率いて出陣し、小田原城の東方のこの地に本陣を置きました。北条氏が降伏するまでの凡そ110日間滞留していたといわれます。
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山中城跡

北条氏康により築城された城で、小田原の西の防衛を担う最重要拠点。天正18年(1590年)の小田原征伐では、豊臣秀次率いる7万の軍勢の猛烈な力攻めの結果、200の守兵の山中城はわずか半日で落城しました。
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山中城戦死者墓

小田原城の重要な支城であり豊臣軍の侵攻を阻止しようとした山中城は、天正18年(1590年)3月、豊臣軍の猛攻を受け僅か半日で落城しました。城跡にある宗閑寺には、北条、豊臣、両軍の戦死者の墓が並んでいます。
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