テーマ:石垣山一夜城

早雲寺

  足柄下郡箱根町湯本にあるお寺で、北条早雲の遺言により北条氏綱が建 立した後北条氏の菩提寺。境内には北条五代のお墓があります。小田原 合戦のときには、一時豊臣軍の本営が置かれたところでもあります。  
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北条氏照墓

北条氏康の3男で初めは武蔵滝山城城主、後に八王子城城主。天正18年(1590年)の小田原征伐の際には徹底抗戦を主張し、自身は小田原城に籠もりましたが、小田原開城後、兄・氏政と共に切腹(自害)を命じられました。    
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八王子城

北条氏康の三男である北条氏照が滝山城に代わる城として築城した城。小田原北条氏の有力な支城でしたが、天正18年(1590年)の小田原征伐の際、豊臣軍に攻められて落城、その後廃城になりました。
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徳川家康陣地跡

  天正18年(1590年)の小田原戦役の際、徳川家康は豊臣方の先鋒として、 約3万人の兵を率いて出陣し、小田原城の東方のこの地に本陣を置きました。 北条氏が降伏するまでの、およそ110日間滞留していたといわれます。  
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山中城跡

  北条氏康により築城された城で、小田原の西の防衛を担う最重要拠点。 天正18年(1590年)の小田原征伐では、豊臣秀次率いる7万の軍勢の 猛烈な力攻めの結果、200の守兵の山中城はわずか半日で落城しました。  
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山中城戦死者墓

  小田原城の重要な支城であり、豊臣軍の侵攻を阻止しようとした山中城は、 天正18年(1590年)3月、豊臣軍の猛攻を受け、僅か半日で落城しました。 城跡にある宗閑寺には、北条、豊臣、両軍の戦死者の墓が並んでいます。  
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