テーマ:発祥

代々木

明治神宮参道に立つ「代々木」の地名の由来となったとされている樹木。江戸時代に彦根藩井伊家下屋敷であった当地には代々樅の巨木があり「代々大きな木があった」という意味で「代々木」の地名が発祥したそうです。なお当時の木は、昭和20年5月の空襲の際、撃墜されたB-29が直撃して焼失したそうです。
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クリーニング発祥の地

横浜が開港すると外国人相手のクリーニング業が始まりました。安政6年(1859年)の青木屋忠七に続いて、次々と業者が開業し、清水屋という大規模な洗濯屋のあった谷戸坂に記念碑がつくられました。
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横浜海岸教会

  横浜の開港広場に隣接して建つ日本で最初のプロテスタント教会。当初は 横浜公会として、明治5年(1872年)2月2日に設立されましたが、明治8年 (1875年)に教会堂が建設されて、横浜海岸教会と改称されました。  
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鎌倉ハム倉庫

  明治10年、上柏尾村で英国人が、ハム・ソーセージなどの製造を開始。 現在の上柏尾町は当時は鎌倉郡だったため、鎌倉ハムと呼ばれました。 この倉庫は、赤レンガ倉庫と同じころの明治20年代の建造だそうです。  
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工部大学校跡

工部大学校は明治時代初期に工部省が創設した教育機関で、現在の東京大学工学部の前身の一つ。キャンパスは現在の千代田区霞が関三丁目、文部科学省および金融庁のある一帯にありました。
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蕃書調所跡

前身の神田小川町にあった洋学所が安政の大地震で全壊焼失したため、 蕃書調所と改称して九段坂下に講舎を新築し開講した洋学研究教育機関。開成所の前身で東京大学の源流諸機関の一つです。
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横浜為替会社設立の碑

「為替会社」は、我国最初の会社組織の金融機関として全国に8社設立されたものです。その中の一つである横浜為替会社は横浜港での貿易上必要な洋銀券(ドル紙幣)も含め、紙幣を発行するとともに、生糸売込商などの横浜商人の資金需要に応じていました。
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西洋理髪発祥之地

横浜の山下公園の中に「ザンギリ」という彫刻名の碑が建てられています。 明治2年(1869年)、横浜に我が国初の「西洋理髪店」が開業され、欧米風 の「ザンギリ頭」は文明開化の一翼を担うこととなりました。
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東京盲唖学校発祥の地

東京盲唖学校は明治後期に存在した官立の盲教育・聾唖教育機関。 明治21年(1888年)に築地にあった文部省直轄の訓盲唖院を改称して 設立され、ここで明治23年(1890年)に日本点字が創られたそうです。
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ヘンリ・スペンサー・パーマー像

ヘンリー・S・パーマーは日本初の近代的水道である横浜水道を完成させた英国陸軍の工兵少将。 明治18年(1885年)に来日し、道志川を水源として野毛山配水池に至る総延長48kmの横浜水道を2年に及ぶ工事で完成させました。野毛山公園の近代水道発祥の地の記念碑と共にパーマーの像が建てられています。
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電信創業の地

明治2年(1869年)に、日本で初めての電報が始まりました。 横浜電信局と東京電信局の間で始められたのがその始まりで、 横浜では横浜地方検察庁入口に碑が建てられています。
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済生学舎発祥の地

済生学舎は長谷川泰により明治9年(1876年)に開校された医学校で、 医術開業試験の予備教育を目指して創立されました。現在の日本医科大、 日本女子医科大、東京医科大等が流れをくんでいます。
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横浜ボウリング発祥の碑

港の見える丘公園の北西部分のフランス山の下に碑がたてられています。 横浜のこの地にボウリング場が開かれたのは長崎に遅れること3年の元治 元年(1864年)のことだったそうです。
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太陽の母子像

この「太陽の母子像」はアイスクリーム発祥の地を記念したもの。明治2年 (1869年)6月、横浜の馬車道のこの地で日本最初のアイスクリームが 販売されたそうです。
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商法講習所跡

商法講習所は、明治8年(1875年)、駐米日本代理公使を終えて帰国した 森有礼が銀座尾張町に創設した商業学校で、現在の一橋大学の源流。 校舎は当初、この地にあった鯛味噌屋の2階を使用したそうです。
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江戸歌舞伎発祥の地

出雲阿国が京都で歌舞伎の始まりとされている“歌舞伎踊り”を始めましたが、その20年後の寛永元年(1624)年に、猿若勘三郎が江戸の京橋付近に猿若座(後の中村座)を開設したのが江戸歌舞伎の始まりだそうです。
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日本橋魚市場発祥の地

徳川家康の関東入国と共に江戸の街の整備が始まり、その一環として 摂津(大坂)の漁民が佃島へ移り住んで幕府へ魚を納めていたそうです。 余った魚が街中でも売られるようになり、日本橋魚市場が始ったとのことです。
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西洋料理発祥の碑

長崎出島のオランダ人屋敷で修業した草野丈吉が、文久3年(1863年)に 現在の長崎市伊良林に「良林亭」というレストランを出したのが日本における西洋料理の始まりと云われています。 グラバー園内に旧レストラン(自由亭)が移築され、その傍らに碑が建てられています。
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横浜商工会議所発祥の地

横浜開港当時の日本からの輸出物は生糸が中心でした。外国人商社に対抗すために日本の生糸貿易商が、明治13年 (1880年)、横浜町会所内に横浜商法会議所を設立しました。
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神奈川電気発祥の地

横浜スタジアムから程近い東京電力関内変電所のビルの角に建つ碑。 明治23年(1890年)10月に、横浜共同電灯会社が,この地に火力発 電所を建設し、 神奈川県で初めての電力供給を開始したそうです。
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日本最初のガス灯の碑

現在の横浜市立元町小学校ある所に日本初のガス会社ができました。そして、明治5年(1872年)に、大江橋より馬車道、本町通りにかけて、日本初のガス灯が灯ったとのことです。
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製油発祥の地

京都府大山崎町に鎮座する離宮八幡宮境内にある「本邦製油発祥地」の碑。平安時代初期、離宮八幡宮では搾油器を発明して荏胡麻油の製油を始め、朝廷より「油祖」の名を賜り、荏胡麻油の販売権を独占して、大変栄えました。   
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青山学院記念の地

青山学院は、米国の宣教師により創立された3つの学校を源流としていますが、その源流の一つである、「女子小学校」が「救世学校」を経て、明治10年に築地に移転してきて「海岸女学校」と改称し、青山学院の基礎となりました。
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女子聖学院発祥の地

女子聖学院は、現在は東京都北区中里にある私立の女子中学校・高等学校ですが、明治38年(1905年)に、米国人女性宣教師、バーサ・F・クローソンにより、女子聖学院神学部として東京築地で設立されたのがその始まりです。
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明治学院発祥の地

「明治学院は明治10年(1877年) ここ築地17番地に開設された東京一致神学校を基とする」と碑文に記されています。 東京一致神学校は明治20年に、ヘボン塾の後身である一致英和学校等と合併して明治学院となりました。
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立教学院発祥の地

立教学院は明治7年(1874年)に築地の外国人居留地に私塾「立教学校」が開かれたのが始まり。その後幾度か名称を変え、 明治40年(1907年)には「立教大学」を開設し、大正7年(1918年)に豊島区池袋に移転しました。
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女子学院発祥の地

女子学院は明治3年 (1870年)に築地居留地に開設された「A六番女学校」がその発祥で、 明治23(1890年)には他の女学校と合併して、現在の校舎のある千代田区一番町に移転し、 校名も「女子学院」となったとのことです。
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慶応義塾発祥の地

福沢諭吉は、中津藩の命により江戸築地(鉄砲洲)に蘭学塾を開きましたが、外遊によって西洋文明を摂取した結果、蘭学より英学の振興が必要と考え、慶応4年(1868年)に「慶応義塾」と称する私塾をこの地に開設しました。
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蘭学の泉はここに

東京都中央区明石町にある解体新書翻訳の記念碑。この地は豊前中津藩の中屋敷跡で、ここで、前野良沢、杉田玄白たちが4年かけてオランダの医学書を翻訳し、安永3年(1774年)「解体新書」が完成したとのことです。        >  
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駒林神社

兵庫県神戸市長田区駒ヶ林にある八幡神社で、別称駒ヶ林八幡宮。平清盛が厳島神社に参詣の途中に上陸したところと伝わっています。また、いかなごのくぎ煮の発祥の地であるとのことです。
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