テーマ:日蓮上人

妙法寺

日蓮が安房より移り住んだ松葉ヶ谷草庵跡とされるところに、大塔宮護良親王と南方の間に生まれた日叡が開山したと伝わるお寺。境内には、大塔宮護良親王、南方、日叡の墓があります。
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松葉ヶ谷御小庵跡

日蓮上人が建長5年(1253年)から文永8年(1271年)までの18年間、鎌倉における布教伝道の拠点としたとされる場所。日蓮上人が「立正安国論」を著し、また、松葉ヶ谷法難のあった処ともされていますが、この妙法寺の他にも推定地があり、場所の確定はされていないとのことです。
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南面窟

鎌倉の安国論寺境内奥の裏山の山腹にある洞窟。念仏勢力の激しい反発を招いた日蓮上人は、文応元年(1260年)8月27日の夜、松葉ヶ谷の草庵が多数の念仏者によって襲撃されました。その際、白猿に導かれて最初に避難した場所とされるのがこの洞窟とのことです。
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安国論寺

長勝寺、妙法寺と並び、日蓮が鎌倉で布教した際の拠点となった草庵の跡。境内には、日蓮が立正安国論を執筆した岩穴(法窟)というのがありますが、その法窟の側に、弟子の日朗が安国論窟寺を建てたのが始まりとのことです。
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日蓮洞窟(猿島)

東京湾に浮かぶ猿島の北端、海抜4m程の所にある間口7m奥行き30m程の洞穴。弥生時代の貝塚や古墳時代の墳墓のあとが発見されていますが、日蓮伝説と結びつき、日蓮が籠って修行をした所として日蓮洞窟とも言われています。
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龍口寺

神奈川県藤沢市片瀬の龍口刑場跡に建つ日蓮宗の本山。文永8年(1271年)に日蓮が処刑されそうになりましたが、危うく難を逃れることが出来たと伝わる処に、後に弟子の日法が自作の日蓮像と首敷皮を置いたのが始まりとのことです。
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浄瀧寺

横浜市神奈川区幸ケ谷にある日蓮宗のお寺で、山号は妙湖山。日蓮聖人に感服した妙湖尼が、自分の庵を法華経の道場にしたのが始まりとのこと。幕末の横浜開港時にはイギリス領事館に充てられました。
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妙光寺

横浜市瀬谷区上瀬谷町にある日蓮宗のお寺で瀬谷八福神の一つ。元は天台宗のお寺でしたが、弘安5年(1282年)、池上に行く途上の日蓮がこの寺に宿泊し、時の住職が教化を受け日蓮宗に改宗したそうです。
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神楽岩

日蓮聖人が青年時代に清澄山の清澄寺で修行中に仁右衛門島に来て、島の東側にあるこの場所で朝日を拝んだと伝えられるところです。その後の建長5年(1253年)、島主の平野家は法華宗に改宗したそうです。
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土牢(光則寺)

鎌倉市長谷の光則寺境内奥にある土牢。日蓮の佐渡配流に際して、弟子の日朗も捕らえられて監禁された土牢と伝わっています。当時は宿屋光則の屋敷内の土牢であり、現在、屋敷跡は行時山光則寺となっています。
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安立寺

横浜市金沢区の「船中問答御着岸の霊場」と云われている日蓮宗のお寺。下総より鎌倉へ向かった日蓮聖人が船中で、富木五郎常忍公と問答をし、金沢に着岸後、悟明法印と共に日蓮聖人に帰依、この寺を開いたそうです。
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池上本門寺

東京都大田区池上にある日蓮宗の大本山で、日蓮聖人入滅の霊場として日蓮宗の十四霊蹟寺院のひとつ、七大本山のひとつにも挙げられています。元は池上宗仲の館で、上人が生涯最後の20数日間を過ごしたところです。
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本興寺(鎌倉)

鎌倉市大町にある日蓮宗のお寺で 「辻の本興寺」と呼ばれています。日蓮上人の鎌倉辻説法の由緒地に、延元元年(1336年)、日蓮の門弟「九老僧」の一人の天目が休息山本興寺として建立したお寺です。
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洗足池

東京都大田区南千束の洗足池公園内にある池。この地域の古い地名は「千束」でしたが、日蓮上人がこの池の畔で足を洗ったという言い伝えから、千束の一部が「洗足」となったそうです。    
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妙福寺

元々この地には、日蓮上人が千束の池にさしかかったときに、池の畔で老松に法衣をかけたという伝説が元になって建てられた御松庵という草庵があったそうです。そこに後に妙福寺が合併してきて現在のお寺になったとのことです。    
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ぼたもち寺

鎌倉市大町にあるお寺で正式には慧雲山常栄寺、通称ぼたもち寺。文永8年(1271年)の日蓮法難の折、刑場に向かう日蓮に、桟敷の尼がぼたもちを捧げたことから、この寺がこのように呼ばれるようになったそうです。
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日蓮上人辻説法の跡

日蓮は、13世紀の半ばころから鎌倉で布教活動を始めました。その布教活動をした辻説法の跡が小町大路にあります。その当時、小町大路は人通りの多かったところと思われます。
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