テーマ:静岡

音止めの滝

静岡県富士宮市にある滝で、近くの白糸の滝と共に日本の滝百選の一つ。富士の巻狩りの際に曾我兄弟が仇討ちの密議をしていましたが滝の轟音で話ができず、神に念じたところ、滝の音が止んだという伝説が名称の由来とのことです。
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井伊氏居館跡

静岡県浜松市北区の井伊谷城跡の麓にある井伊氏の居館跡で、現在では南西隅に堀の跡が水路として残るのみ。井伊氏の本拠は平時を過ごした居 館と北西に位置する井伊谷城で構成されていたと考えられているそうです。
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井殿の塚

静岡県浜松市の井伊谷城跡の近くにある井伊直満と直義兄弟の墓所。 この兄弟は天文13年(1544年)12月、家老である小野和泉守道高の 讒言により、駿河の今川舘に召喚されて殺害されてしまいました。
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井伊谷城跡

井伊谷城は遠江国の井伊谷(現在の静岡県浜松市北区引佐町)にあった 城で浜松市指定史跡。井伊氏の祖である井伊共保が万寿9年(1032年) には築城していたと伝えられ、江戸時代初期まで井伊氏代々の居城でした。
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掛川城大手門

平成7年(1995年)に復元された掛川城の大手門で、平成5年(1993年) に行われた発掘調査で礎石根固め石が12か所確認されたことからの復元 だそうです。当時の位置から北に50m程の位置に建てられているとのことです。
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掛川城御殿

静岡県の掛川城二の丸にある御殿。前の御殿が嘉永7年(1854年)に大地震で倒壊したため、安政2年(1855年)から文久元年(1861年)にかけて現在の御殿が再建されました。国の重要文化財に指定されています。
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霧吹井戸

静岡県掛川市の掛川城天守閣の脇にある井戸。この城が徳川家康に攻撃 されたとき、井戸から立ちこめた霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃 できなくなったと伝わっています。掛川城の別称「雲霧城」の由来だそうです。
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太鼓櫓(掛川城)

静岡県の掛川城の三ノ丸から本丸に移築されて現存する太鼓櫓。城下に時を知らせるための大太鼓を納めてあった建物で、当時使われた大太鼓は市の文化財に指定され、現在は掛川城御殿の広間に展示されています。
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掛川城

遠江国佐野郡掛川(現在の静岡県掛川市掛川)にあった城。現在の天守閣は、平成6年(1994年)に市民や地元企業などから10億円の募金を集めて戦後初の木造により再建されたもので、掛川のシンボルとなっています。
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徳川慶喜公屋敷跡

最後の将軍・徳川慶喜が戊辰戦争で破れた後、移り住んだのが静岡市。 現在は料亭「浮月楼」となっているこの地で、慶喜は写真・狩猟・投網・ 囲碁・謡曲など、多くの趣味に没頭する生活を送っていたとのことです。
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駿府城

静岡県静岡市にある城跡。今川氏が今川館としていた場所に徳川家康が築城し最晩年に隠居所としました。二ノ丸南東の巽櫓、東御門(櫓門) と続多聞櫓が日本古来の伝統的在来工法によって復元されています。
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駿府城天守台跡

静岡県静岡市葵区の駿府城公園内にある駿府城天守台の跡。現在発掘調査中ですが、天守台の石垣の西辺が約68m、北辺が約61mと確認され、 江戸城を上回る日本一の大きさを有していることが分かりました。
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徳川家康像(駿府)

徳川家康は6歳の頃より18歳の頃まで、今川家の人質として駿府で生活し、 晩年には駿府城に移って「駿府の大御所」として実権を掌握していました。 駿府城の本丸跡に鷹狩の出で立ちの徳川家康の像があります。
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元城町東照宮

静岡県浜松市の浜松城の直ぐ東、浜松城の前身である引間城があった地に建てられた東照宮。引間城は元亀元年(1570年)に徳川家康が入城す ると、範囲を西に大きく拡大して浜松城となりました。
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家康・秀吉像

浜松城近くの元城町東照宮境内に建てられた徳川家康と豊臣秀吉の像。 秀吉は16歳前後の3年間、引間城主配下の松下氏に仕官して浜松で暮らし、家康はその後の引間城を拡張、後の浜松城の基礎を築きました。
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浜松城

静岡県浜松市にある野面積みの石垣で有名なお城で、元亀元年(1570年) から17年間、徳川家康の居城でした。三方が原の戦いは、この城の北方約10kmのところで行われ、惨敗した家康はこの城に逃げ帰ってきました。
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徳川家康像(浜松城)

元亀元年(1570年)に徳川家康は、武田信玄の侵攻に備えるため本拠地を三河国岡崎から遠江国曳馬へ移し、城名・地名ともども「浜松」と改めました。 徳川家康は29歳~45歳までの17年間を浜松城で過ごしました。
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井伊家発祥の井戸

龍潭寺から南に歩いて約5分の田んぼの中にある井戸。井伊家の初代、 井伊共保公がこの井戸の脇に捨てられていたとの逸話から、井伊家発祥 の井戸として今も大切に守られています。
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龍潭寺

静岡県浜松市北区にある臨済宗妙心寺派のお寺で、平安時代から井伊氏の菩提寺であったとのこと。永禄3年(1560年)に戦死した井伊直盛がこの寺に葬られると、直盛の法号から龍潭寺と改められたそうです。
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松岳院跡地

龍潭寺境内の松岳院跡地は、井伊直盛公の内室であった松岳院(井伊直虎の母)が住まわれた塔頭があった場所。永禄11年(1568年)11月、徳政令を受け入れた井伊直虎も、井伊谷城を出て松岳院に入りました。
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井伊谷宮

静岡県浜松市の井伊谷に鎮座する神社で、後醍醐天皇の第四皇子で南北朝時代に征東将軍として関東各地を転戦した宗良親王をお祀りしています。宗良親王は 元中2年(1385年)8月10日に73歳で当地で歿したと伝えられています。
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宗良親王墓

宗良親王は後醍醐天皇の皇子で、南北朝時代に南朝方として、北陸・信州等 各地で戦い活躍しました。終焉の地には諸説ありはっきりとしていませんが、 静岡県浜松市北区引佐町井伊谷の龍潭寺の奥に宗良親王の墓があります。
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井伊家墓所

静岡県浜松市北区の龍潭寺境内にある井伊家の墓所。ここに元祖井伊共保公より24代 井伊直政公までの墓石が並んでいます。正面向かって 右側が初代井伊共保公の墓石、左側奥から2番目が井伊直虎公の墓石です。
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源頼朝・北条政子像

源頼朝が流されて約20年を過ごしたとされている蛭ヶ小島にある二人の像。 流人の頼朝と恋に落ち、頼朝の妻になったのが地元の豪族の娘の北条政子。 その後、頼朝は鎌倉に幕府を開き、政子も尼将軍と言われるまでなりました。
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蛭ケ小島

平治元年(1159年)の平治の乱において、源頼朝の父である源義朝は戦いに敗れて敗死し、源頼朝は伊豆の蛭ケ小島に配流となりました。 20年後の治承4年(1180年)、以仁王の令旨がこの地に届けられました。
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パン祖の碑

江川英龍は国防上の観点からパンの効用に日本で初めて着目してパン(堅パンに近いもの)を焼いた人物で、日本のパン業界から「パン祖」と呼ばれています。伊豆韮山の江川邸にパン祖の碑が建てられています。
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ボートホーウィッスル砲車

静岡県伊豆の国市の江川邸に展示されているボートホーウィッスル砲車 (上陸舟艇用の小型砲車)の複製。この砲は、ペリーが幕府に献上したも のですが、江川秀龍はたった1年でこの砲の製造に成功したとのことです。
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江川邸

静岡県伊豆の国市韮山にある韮山代官所だった屋敷。韮山代官は江川家によってほぼ世襲され、代々江川太郎左衛門を名乗り、この屋敷は江川邸と呼ばれています。主屋その他が国の重要文化財に指定されています。
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江川秀龍像

江川英龍は江戸時代後期の幕臣で伊豆韮山代官。地方一代官でしたが、 洋学とりわけ近代的な沿岸防備の手法に強い関心を抱き、伊豆の韮山に反射炉を築いて日本に西洋砲術を普及させるなど大きな功績を残しました。
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韮山反射炉

韮山反射炉は静岡県伊豆の国市に現存している反射炉の遺跡。 平成27年(2015年)に「明治日本の産業革命遺産、製鉄・製鋼、造船、 石炭産業」として、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に正式登録されました。
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