テーマ:新選組

前川家(壬生)

  文久3年(1863年)から2年間、新選組の屯所となった京都の壬生にある家 で、池田屋事件の端緒となった古高俊太郎の拷問はここの土蔵で行われた とのことです。現在は個人の住宅のため、内部は一般公開されていません。  
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八木家(壬生)

  文久3年春、江戸から京に入った浪士隊が宿営した京都壬生村の郷士の家。 その後分裂した浪士隊の一部が新撰組を結成し、この八木家を屯所としまし た。内部抗争で芹澤鴨が暗殺された部屋とその時の刀傷が残されています。  
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池田屋跡

  池田屋は、京都三条木屋町(三条小橋)にあった旅館で、池田屋事件の現場。 元治元年(1864年)6月5日、池田屋で会合をしていた長州藩・土佐藩などの 尊王攘夷派志士を、新選組が襲撃したのが池田屋事件です。  
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新選組屯所跡(不動堂村)

  慶応3年(1867年)6月15日、新撰組は現在の京都駅近くの不動堂村に、 大名屋敷のような広大な屋敷を建てて、屯所をそこに移したそうです。しか し、約半年しか使用されず、「幻の屯所」などとも呼ばれているそうです。  
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清河八郎墓

  清河八郎は浪士組を結成して新選組・新徴組への流れを作り、虎尾の会を 率いて明治維新の火付け役となった庄内藩出身の幕末の志士。文久3年 (1863年)4月13日に麻布赤羽橋で暗殺され、伝通院に葬られました。  
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如来堂

  会津若松市の鶴ヶ城から北西、阿賀川の近くにある如来堂。明治元年 (1868年)年9月4日、会津城下に来襲した新政府軍は、如来堂に立てこ もる新選組に激しい攻撃を加え、新選組は全滅したと伝えられています。  
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大善寺(勝沼)

  山梨県甲州市勝沼町にある本尊を薬師如来とする真言宗智山派のお寺。 新府城から岩殿城に向かう武田勝頼が途中で立ち寄り、また幕末には甲 陽鎮撫隊がこの付近で新政府軍と戦うなど、歴史の舞台にもなっています。  
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太鼓楼(西本願寺)

  京都市の西本願寺の東北角にある重層の楼閣。今も残る大きな太鼓は、 江戸時代には周囲に時刻を告げる合図となっていたそうです。幕末には、 新撰組がこの太鼓楼周辺を一時、屯所としていたとのことです。  
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永倉新八墓

  永倉新八は、松前藩出身の二番隊組長及び撃剣師範を務めた新選組隊士。 数少ない新選組の生き残りとして新選組の顕彰につとめ、新撰組に好意的で あった松本良順と共に東京都北区滝野川に近藤、土方の墓を建立しました。  
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近藤勇陣屋跡

  甲州勝沼の戦いで敗れた近藤勇が、会津を目指す途中で陣を布いたところ。 しかし、官軍に包囲され、流山の街を兵火に巻き込むことを嫌った近藤勇は、 ここで自首し、吟味を受けた後、板橋の刑場で処刑されました。  
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