テーマ:腰越状

源義経首洗井

  源義経は、文治5年(1189年)、奥州平泉衣川高舘で自害し、その首は鎌倉 に送られ、腰越の浦で首実検されたとのことです。その後、その首は浜に捨て られ、ここに流れ着き、里人がこの井戸で洗い清めたと伝わっています。  
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武蔵坊弁慶之墓

武蔵坊弁慶は義経を守って薙刀を振るって戦い、無数の敵の矢を受けて立ったまま死んだとされ、「弁慶の立往生」として後世に語り継がれています。弁慶の墓とされるものが、平泉の中尊寺月見坂の上り口にあります。
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高館義経堂

源義経は文治5年閏4月30日(1189年6月15日)に、源頼朝の要求に屈した藤原泰衡に襲撃され、妻(郷御前)・子と共に自害したとのことです。館の跡には天和3年(1683年)に、義経堂と義経の木像が建立されました。
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白旗神社

  藤沢市に鎮座する、寒川比古命と源義経を祭神とする神社。腰越で首実検 され捨てられた義経の首がこの近くに流れ着き、ここに合祀されたと伝わっ ています。ここから南約300mのところには、伝源義経首洗井があります。  
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