テーマ:新羅三郎

新羅三郎手玉石

新羅三郎は源頼義の三男、源義家の弟で、近江国の新羅明神(大津三井寺新羅善神堂)で元服したことから新羅三郎と称したとのこと。新羅三郎が勧請した鎌倉の八雲神社に「新羅三郎手玉石」なる石があります。
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八雲神社

鎌倉の大町にある1083年創建の鎌倉最古と云われている厄除け神社。源義家の弟・源義光が京都の祇園社から祭神を分霊して祀り祈願したところ、疫病が鎮まり、厄除け開運の神社として知られるようになったとのことです。
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新羅三郎笛吹石

後三年の役の際、兄の源義家が奥州で苦戦していると伝え聞いた源義光(新羅三郎)は、数十騎の兵をつれて加勢に向かいました。その途中、足柄峠で露営した新羅三郎は、仲秋名月の夜、この場所で豊原時秋に笙の奥義を伝えたとのことです。
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新羅三郎墓

鎌倉市大町の大宝寺境内にある新羅三郎の墓と伝わる宝塔。新羅三郎とは、源義家の弟の源義光のことですが、近江国の新羅明神で元服したことから新羅三郎と称したそうです。
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大多福稲荷大明神

神奈川県鎌倉市の大宝寺境内にある佐竹氏の守護神社。佐竹氏の遠祖にあたる源義光は、後三年の役の戦勝は日頃信仰していた多福大明神の加護であるとし、この地に多福神社を建てたと伝わっています。
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大宝寺

鎌倉市大町にある日蓮宗の寺院で、境内は「佐竹屋敷跡」と伝わっています。佐竹氏の遠祖にあたる源義光がこの地に居住し、その後、この地は源頼朝により佐竹秀義へ与えられて、代々佐竹氏の居館となったとのことです。   
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