テーマ:伝説

酒湧の池

横浜市泉区和泉町の第六天神社の傍にある小さな池。孝行息子がこの池の水を汲むと酒になり、一儲けしようとした村人が汲むと、ただの水になってしまったという昔話が伝わっている池です。
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神櫛王墓

「日本書紀」によれば、神櫛王は第12代景行天皇と妃の五十河媛との間に生まれた皇子で、「古事記」では、景行天皇と針間之伊那毘能大郎女との間に生まれた皇子とされています。伝説によると、讃岐入りして瀬戸内の悪魚退治を行い、同地に留まり仲哀天皇8年9月15日に125歳で薨去したとのことです。
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東勝寺橋

鎌倉旧市街地最大の河川である滑川の中流部に架かる橋で、この橋を西から東へと渡ると、北条氏滅亡の地である東勝寺跡があります。また、この橋の付近は、青砥藤綱の故事伝承が残るところでもあります。
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鉄砲宿

横浜市戸塚区影取町に残る地名。昔この付近の池には影を食べる大蛇が棲んでいて、その大蛇を鉄砲の名手が撃ち殺したとの伝説があります。 この大蛇が撃ち殺された辺りが今では鉄砲宿と呼ばれています。
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境木地蔵尊

横浜市保土ヶ谷区にある地蔵尊。鎌倉の腰越海岸に流れ着いたお地蔵さまが境木が気に入ってその場に座り込み、村人が地蔵堂を作り安置したところ参拝客が集まり、ぼた餅屋ができるなどで村が繁盛したそうです。
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瞽女淵之碑

瞽女とは盲目の女性の旅芸人のことで「盲御前」からの由来だそうです。 江戸時代前期の頃、境川が蛇行してできた池に、通りかかった瞽女さんが落ちて亡くなり、それ以降ここが瞽女淵と呼ばれるようになったとのことです。
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博士王仁碑

上野公園の清水観音堂の裏手にある王仁博士を記念した石碑。 王仁博士とは朝鮮の百済から論語十巻千字文一巻と共にやってきて、 日本に漢字、儒教を伝えたとされ、記紀等にも記述されている偉人とのことです。
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五条大橋

京都市を流れる鴨川に架かる橋で、昔は今の松原橋の位置に架かっていま した。古くから洛中から鴨川東岸への、特に清水寺参詣のための便として架橋されていた橋で、牛若丸と弁慶が出会った場所との伝説で有名です。
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一条戻橋

京都市上京区の晴明神社の近く、堀川に架けられている一条通の橋。 三善清行がこの橋の上で生き返った話とか、渡辺綱と鬼の話、等が伝わり、 また、島津歳久と千利休が梟首されるなど、様々な事件の舞台となりました。
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将軍梅

東京都港区の愛宕神社の境内にある「平九郎手折りの梅樹」と呼ばれる梅。 曲垣平九郎が愛宕山の麓から傾斜約37度、86段の石段を馬で駆け上り、 愛宕神社のこの梅の木の枝を手折り、将軍家光に献上したと伝わっています。
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出世の階段

愛宕山の麓から山上にある愛宕神社に上る傾斜約37度、86段の石段。 寛永11年1月28日(1634年2月25日)、曲垣平九郎が馬でこの石段を 駆け上がり、山上にある梅枝を取ってくることに成功したそうです。
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お菊井戸

姫路城の本丸下の「上山里」と呼ばれる一角にある「お菊井戸」。 姫路城第9代城主小寺則職の代に起きたお家騒動の犠牲になったのが お菊で、それが元になり、様々な「皿屋敷」の物語ができたそうです。
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竹採公園

静岡県富士市にある日本最古の小説といわれる竹取物語に因む公園。かぐや姫はここで生まれ育ち、ここから天へ帰ったとか富士山に帰ったとか。公園内では竹取物語に関連する幾つかの場所を見ることができます。
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寝覚の床

木曽川の水流によって花崗岩が侵食されてできた自然地形で、国の名勝。浦島太郎の伝説地であり、この地で玉手箱を開けた浦島太郎は目が覚めたかのように思い、この里を「寝覚の床」と呼ぶようになったと伝わっています。
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盲蛇石

昔、五左ェ門という湯守がこの辺りで盲目の大蛇を助けたところ、湯の花を授かったそうです。神の使いの蛇から湯の花の作り方を伝授されたと思い、村人達は蛇の首に似た石を「盲蛇石」と名付け信仰の対象としたそうです。
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殺生石

栃木県那須町にある「鳥獣が近づけば命を奪う」と古くから知られている溶岩。鳥羽上皇が寵愛した伝説の女性、玉藻前(白面金毛九尾の狐の化身)が正体を現し、数万の軍勢によって殺害され、この石となったという伝説があります。
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教傳地獄

その昔、「教傅」という大変な悪童がいたそうで、その教傳が友人達と那須温泉に遊興に行こうとした朝、母親の出した朝食を足蹴にしたとのこと。それで、殺生石まで来たところ、天罰が下り教傅は溶岩に飲み込こまれたそうです。
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小松ヶ池公園

三浦市、京急久里浜線沿いにある「小松が池」を中心とした公園。この池は、昔、お松さんという働き者の嫁が無理な田植えの仕事をやらされましたが、田植えをやり終えた後、田んぼごと水にのまれてしまったという伝説の残る池です。
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白鷺池

円覚寺の総門の前にあり、総門とこの池の間を横須賀線が通っています。円覚寺を開山した無学祖元が鎌倉に来た時、白鷺に姿を変えた鶴岡八幡宮のご神霊が道案内をして、この池に降り立ったという伝説があります。
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蟹満寺

京都府木津川市山城町綺田にある真言宗智山派のお寺で山号は普門山。 創建年代は不詳ですが、飛鳥時代後期(7世紀末)の創建と推定されていて、 今昔物語集等に記載のある蟹の恩返しの伝承で有名なお寺です。
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南禅寺三門

藤堂高虎が大坂夏の陣で戦死した一門の武士たちの冥福を祈るために寄進したもので、京都三大門の一つに数えられています。 石川五右衛門の「絶景かな絶景かな……」の名科白で知られています。
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済海寺

東京都港区三田四丁目、竹芝伝説の「竹芝寺」の跡地にある浄土宗のお寺。元和7年(1621年)牧野忠成と念無聖上人によって創設され、越後長岡藩主牧野氏や伊予松山藩主松平氏などが、江戸での菩提寺としていたそうです。
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精進池

箱根の国道1号線の最高地点付近にある池。その昔、庄治という男が娘に化けた大蛇と恋仲になりましたが、約束を破り、その大蛇に殺されたという伝説からこの名がついたと云われています。
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