テーマ:館跡

左女牛井戸跡

  左女牛井は京の名水の一つで、堀川五条のやや南に碑が建てられています。 この辺りは、源氏の本拠地で、源頼義・義家・為義・義朝・義経などが居を構え た六条堀川館があった所で、左女牛井はその邸内にあったとのことです。  
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戸定邸

千葉県松戸市松戸にある水戸藩最後の藩主、徳川昭武が造った別邸。国の重要文化財で、重要文化財指定名称は旧徳川家住宅松戸戸定邸。現在は松戸市に寄贈され、「戸定が丘歴史公園」として整備されています。
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河越館跡史跡公園

河越館跡は、平安時代から南北朝時代まで、武蔵国の中で有数の勢力を誇った武士・河越氏の居館跡で、昭和59年(1984年)に国指定遺跡となり、平成21(2009年)には、川越市管理の史跡公園としてオープンいたしました。
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高安寺

東京都府中市、大國魂神社の西に位置する曹洞宗のお寺で、平安時代に藤原秀郷が武蔵国府近郊の居館を市川山見性寺に改めたのが始まりとのこと。後に足利尊氏が臨済宗の禅寺として再興し、高安寺となったそうです。
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ヘボン博士邸跡

  横浜の山下公園の近く、横浜中税務署の前にあるヘボン博士邸跡の碑。 ヘボン博士は幕末に訪日し、横浜で医療活動を行って横浜の近代医学の 基礎を築き、また、ヘボン式ローマ字を考案したことで知られています。  
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旧安田庭園

  東京都墨田区にある潮入り回遊式庭園として整備された大名庭園。江戸 時代には、大名の庭園でしたが、明治22年(1889年)、安田財閥の祖で ある安田善次郎が所有することになり、現在は墨田区が管理しています。  
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水戸徳川邸跡

  東京を流れる隅田川の両岸にある隅田公園の墨田区側に碑があります。こ こは江戸時代、水戸徳川家の下屋敷・小梅別邸が置かれたところで、幕末に 水戸学者、藤田東湖が蟄居の日々を送ったのもこの屋敷内とのことです。  
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北条常盤邸跡

  鎌倉市常盤にある遺跡で、鎌倉幕府第7代執権北条政村の別荘として建 てられたとされ、敷地内には門柱の跡ややぐら、法華堂跡が残されていま す。また、常盤の名は政村の号、常盤院覚崇に由来しているとのことです。  
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旧岩崎邸庭園

  東京都台東区池之端一丁目、上野公園不忍池の近くにある都立庭園。 三菱財閥岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園を公園として整備した もので、園内の歴史的建造物は、国の重要文化財に指定されています。  
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小石川後楽園

  東京都文京区にある都立庭園。水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた 築山泉水回遊式の日本庭園で、国の特別史跡及び特別名勝。徳川光圀 が明の遺臣朱舜水の選名によって「後楽園」と命名して完成させました。  
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足立遠元館跡

  桶川市役所桶川東公民館の脇に足立遠元の館跡の碑があります。足立 遠元は足立氏の祖で、平治の乱で源義朝に従軍して功績を挙げ、馬術に 優れた武士であると「平治物語」に記述されているそうです。  
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陣屋

  秦野市の鶴巻温泉にある、陣屋旅館の通称で知られている旅館。 この陣屋の地は、鎌倉幕府の時、源頼朝の側近で四天王の一人と 言われた侍所別当、和田義盛公の陣地だったとのことです。  
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英勝寺

  鎌倉の扇ガ谷、扇谷上杉家の宰相であった太田道灌の館跡にあるお寺。 開基は、太田道灌の末裔であり、徳川家康の側室であった梶(勝)の方。 家康の死後、落飾して永勝院と称し、英勝寺を建立しました。  
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真田邸

  長野市松代町にある松代藩主真田家の屋敷で、現在は長野市の所有。江戸 時代末期に9代藩主真田幸教が当初、義母お貞の方の住居として建築、やが て隠居した幸教の住居となり、明治以降は真田家の私宅となりました。  
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江田館跡

  平成12年に国指定史跡に指定された群馬県太田市にある新田荘遺跡。鎌倉 攻めに従軍した江田行義の館跡であり、その後、戦国時代には金山城主横瀬 氏の家臣矢内四郎左衛門が館を拡張して住んだと伝えられています。  
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伊東家館跡

  伊東氏は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて伊豆国田方郡伊東荘を 本貫地としていた豪族で、藤原為憲の流れを汲む工藤氏の一支族。館跡 は現在物見塚公園として整備され、伊東祐親像が建てられています。  
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北条時房邸跡

  鎌倉の若宮大路から小池小路を少し入ったところに石塔が建てられてます。 北条時房は、北条政子・北条義時の異母弟で、鎌倉幕府初代連署。 ここは元々は、摂津守小池民部太夫藤原久時の屋敷だった処だそうです。  
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肥前鹿島鍋島藩屋敷跡

  肥前鹿島鍋島藩屋敷跡の石碑が、新町通御池西南に建てられています。 肥前鹿島鍋島藩は、肥前国佐賀郡にあった肥前佐賀藩の三家の支藩 (小城・蓮池・鹿島)の一つで、2万石だったそうです。  
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足利尊氏邸跡

  室町幕府初代将軍足利尊氏の「三条坊門第」のあったところで、尊氏は この邸宅で政務をとり、延文3年(1358年)に、ここで薨じたとのことです。 後に、この邸宅は「等持寺」という寺院に改められたそうです。  
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藤堂藩邸跡

  京都市中京区東堀川通蛸薬師下る東側(堀川高校正門前)に碑があります。 藤堂家は伊勢津の大名で、此処に藩邸があり、幕末には天誅組掃討に当た りましたが、元治元年の禁門の変による火災でこの藩邸は焼失したそうです。  
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染谷太郎大夫時忠邸跡

  染屋時忠は藤原鎌足の4代目の子孫で、父親は奈良東大寺の僧良弁。 文武天皇の時代より聖武天皇の時代の間、鎌倉に住み、関東諸国の総 司令官を務め、由比長者といわれたそうです。  
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鎌倉文学館

  鎌倉市長谷にある、鎌倉ゆかりの文学、特に鎌倉文士をテーマにした 鎌倉市立の資料館で、もとは前田侯爵家の鎌倉別邸でした。前田家か ら鎌倉市に寄贈され、昭和60年(1985年)に開館しました。  
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収玄寺

  鎌倉市にある日蓮宗のお寺で、日蓮の信者であった鎌倉時代の武士 四条頼基(四条金吾)の邸宅跡に、江戸時代後期に創建されたとのこと。 境内に東郷平八郎の揮毫による「四条金吾邸址」の石碑があります。  
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法務省旧本館

  東京都千代田区霞が関に、旧司法省庁舎として明治28年(1895年)に 竣工したドイツ・ネオバロック様式の歴史主義建築で、国の重要文化財です。 この敷地は江戸時代には、米沢藩上杉家藩邸(上屋敷)だったそうです。  
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閑院跡

  二条城近くにあった、平安時代から鎌倉時代初期にかけての藤原氏邸宅跡。 当初は藤原冬嗣の邸宅でしたが、藤原公季が伝領してから「閑院」と称し、 高倉天皇の時から90年以上にわたり、里内裏として使われたということです。  
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在原業平邸跡

  在原業平は、平安時代初期の貴族・歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人。 全125段からなる『伊勢物語』は、在原業平の物語であるとされています。 京都の御池通と間之町通が交差する南東の角に碑があります。  
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池田屋敷跡

  寛文元年(1661年)から幕末まで、旗本池田播磨守の屋敷がここにあり、 当時はここに、16000㎡の屋敷と隣接して抱屋敷があったとのことです。 現在は、明治通りの南側、荒川区東日暮里1丁目になっています。  
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実相寺

  鎌倉の材木座にある日蓮宗のお寺で、文永8年(1271年)に、日蓮の弟子の 日昭が、一門の教化・統率の拠点として開いた濱土法華堂が始まりとのこと。 曽我兄弟の仇討事件で敵とされた、工藤祐経の屋敷跡でもあります。  
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扇谷上杉管領屋敷跡

  扇谷上杉管領家は、4家(山内、扇谷、宅間、犬懸)あった管領家の一つ。 太田道灌は、この扇谷上杉家の家宰でしたが、主君により暗殺されました。 その後、扇谷上杉家は、川越夜戦で主君が討ち死にをして、滅亡しました。  
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松陰神社(若林)

東京都世田谷区若林に鎮座する吉田松陰を祭神とする神社。長州藩屋敷のあった所で、松陰の墓がここに改葬されたのが神社の始まり。境内には、吉田松陰の墓の他、松下村塾を模した建物などがあります。
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