テーマ:秋田

角館武家屋敷

秋田県仙北市の「みちのくの小京都」とも呼ばれている観光地で、現在も藩政時代の地割が踏襲され、武家屋敷等の建造物が数多く残されています。 また、桜の名所として知られていて、毎年多くの観光客でにぎわっています。
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青柳家

「みちのくの小京都」とも呼ばれる角館に数多く残る武家屋敷の中の一つ。 主屋は寄棟萱葺き屋根の鍵屋、座敷は現存する角館の武家屋敷の中で最も豪華で、また、角館の歴史にまつわる数々の貴重な品々も収蔵されています。
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小田野直武像

小田野直武は秋田藩士で秋田蘭画と呼ばれる一派を形成した画家。 平賀源内から洋画を学び、前野良沢・杉田玄白らによる「解体新書」の 翻訳にあたっては大量の図版を写し取り、描いたことで知られています。角館の青柳家の敷地内に像が建てられています。
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御隅櫓(久保田城)

久保田城内には8つの御隅櫓がありましたが、この御隅櫓は市政100周年を記念して復元されたもので、本丸の北西隅に位置していた御隅櫓です。 建物の内部では、城主佐竹氏の歴史を解説したパネルが展示されています。
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佐竹義堯像

佐竹義堯は第12代秋田藩主で、版籍奉還後には久保田藩知事となった人物。 戊辰戦争では新政府方に属して戦い、明治維新の激動期に近代秋田を開きました。千秋公園、久保田城の本丸跡に銅像が建てられています。
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八幡秋田神社

秋田市の千秋公園、久保田城本丸跡に鎮座する神社。初代藩主である 佐竹義宣公始め、歴代の藩主を祀る秋田県の有形重要文化財でしたが、 平成17年(2005年)に放火により社殿を焼失、新しい社殿が平成20年(2008年)12月に竣工したとのことです。
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久保田城表門(一の門)

久保田城表門は長坂を上がりきった処にある久保田城本丸の正門。 この門は絵図などの文献資料や発掘調査の成果をもとに、平成11年(1999年)から 2年計画で再建したもので、木造2階建て瓦葺きの櫓門となっています。
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久保田城跡

久保田城は羽後国(旧出羽国)秋田郡久保田(現在の秋田市に)あった城。 関ケ原以後に佐竹氏がこの地に入り築城し、明治まで佐竹氏の居城でしたが、 現在は千秋公園として整備され市民に親しまれています。
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贄の柵跡

楡の柵は、奥州藤原氏の重臣であつた河田次郎が館を構えていた場所。 文治5年(1189年)、平泉を捨てた藤原泰衡は贄の柵の河田次郎を頼り、 家臣3名と共にこの地まで逃れて来ましたが、結局この地で自害したとのことです。
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錦神社

秋田県大館市二井田に鎮座し、奥州藤原氏の4代目、藤原泰衡を祀る神社。 数代の家来である河田次郎の裏切りに遭い、自害に追いやられた泰衡の首の無い遺体を、憐れんだ里人達が錦の直垂に包み埋葬した処とのことです。
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西木戸神社

秋田県大館市比内町に鎮座する神社で、ご祭神は奥州藤原氏の第4代藤原泰衡の夫人。 文治5年(1189年)、夫人は平泉から落ちのびた藤原泰衡を此処まで追ってきましたが、夫の悲報 に触れて自害したとのこと。里人は五輪の塔を建てて夫人を祀ったと伝わっています。
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石崎遺跡

秋田県南秋田郡五城目町の田圃の中にある古代の最北の城柵跡。 奈良・京都を中心とする朝廷の出先機関と考えられ、出羽北部の秋田方面で重要な軍事的・政治的役割を果たしていた施設と考えられているそうです。
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中山遺跡

秋田県五城目町にある縄文時代後期の遺跡。 日本最古の編布、漆塗り飾櫛、飾弓、赤漆塗土器などが多数出土し、当時の 高度な漆工技術を示すものとして、これらの出土品は県有形文化財に指定されています。
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雀館古代井戸

秋田県五城目町の雀舘公園にある平安時代の井戸。 秋田城の出先機関であると伝わる石崎遺跡周辺村落の実在を証明した遺跡。 周辺には、岩野山古墳群、縄文時代の遺跡である中山遺跡などもあります。
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横手城

秋田県横手市にあり、朝倉城、阿櫻城、とも呼ばれる城。関ヶ原の戦いの時には西軍、戊辰戦争の時には官軍側の城となりました。天守閣は無い城でしたが、郷土資料館として模擬天守閣が建てられています。
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景政功名塚

鎌倉権五郎景政は僅か16歳で源義家に従い後三年の役で活躍しました。戦いの終わった後、景政は源義家の命により、敵の屍をここに葬って供養の塚をつくり、その塚の上に杉を植えたと伝わっています。
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金澤八幡宮(金沢柵跡)

源義家が藤原清衡に命じて後三年の役の舞台となった金沢柵跡に京都の石清水八幡宮の八幡神を勧請して創建した神社。その後、義家の弟の義光の家系である佐竹氏が秋田藩主となり篤く信仰されました。
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兜杉(金沢の柵跡)

後三年の役で勝利を収めた源義家が金沢の柵を訪れた際、着用していた兜をここに埋め、藤原清衡はそこに大石を置き杉の苗を植えたと伝わっています。その後、この地は神聖化され、兜八幡神社が勧請されたとのことです。
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納豆発祥の地

後三年の役の折、農民に煮豆を俵に詰めて提出させたところ、数日経って糸を引くようになり、食べてみたら美味しかったというのが始まりとのこと。金沢の柵跡に「納豆発祥の地」の碑があります。
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平安の風わたる公園

後三年の役の際の古戦場である西沼を中心にして整備された歴史公園。源義家が金沢の柵に向かう途中、飛んでいた雁が突然列を乱したことから、敵の伏兵がいることを察知し、難を逃れたとされている場所です。
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源義家像

源頼義の長男で、後の源頼朝、足利尊氏などの祖先にあたる武将。八幡太郎の通称があり、前九年の役、後三年の役で活躍し、東国武士の信望を集め、東国における源氏勢力の基盤を築き上げました。
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清原家衡像

奥州藤原氏の初代藤原清衡(清原清衡)の異父弟。後三年の役の初めは清原清衡と組んで清原真衡と争いましたが、清原真衡の死後は、清原清衡と争い、金沢柵が落城し処刑されました。
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清原武衡像

後三年の役で清原家衡と共に清原清衡・源義家連合軍と敵対した武将。清原家衡に拠点を沼柵よりさらに堅固な金沢柵へと移すことを勧め、共に金沢柵に籠りましたが、金沢柵の陥落後、捕えられ斬首されました。
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一の木戸跡

後三年の役の際の戦場となった一の木戸跡と伝えられている処。沼の柵跡のすぐ近くにあるところから、柵の一部だったと考えられているそうです。現在は、雄物川中央公園として整備されています。
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沼館八幡神社

京都の男山八幡宮の御分霊を勧請したと伝わる、沼の柵跡のすぐ近くに鎮座する神社。前九年の役の前後には、源頼義・義家父子が参拝したと伝わり、また、後三年の役の際には、この地で納豆が発祥したと伝わっています。
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沼の柵跡

後三年の役の際、清原家衡がこの柵に立て籠もって源義家軍を迎え撃ちました。四方を水で囲まれたこの柵は難攻不落で、義家軍は苦戦しついに撤退。このあと、清原家衡はより強固な金沢の柵へと拠点を移していきました。
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大湯環状列石

秋田県鹿角市十和田大湯にある縄文時代後期の大型の配石遺跡。東西に野中堂と万座の二か所の環状列石があり、環状に石が配置されていることから、ストーンサークルとも呼ばれています。
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小坂鉱山事務所

秋田県小坂町にある小坂鉱山は、かつて鉱産額で日本一を誇る鉱山でした。その小坂鉱山事務所の建物は、明治38年(1905)に建設され、建設当時から明治のオフィスを代表する建造物として注目を集めていました。
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康楽館

秋田県鹿角郡小坂町にある小坂町立の現役の芝居小屋で、明治43年(1910年)に小坂鉱山の厚生施設として誕生しました。建物は国の重要文化財で、旧金毘羅大芝居や永楽館とともに、日本最古級の劇場の一つとして知られています。
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