テーマ:山形

最上義光公御霊屋

最上義光は最上氏第11代当主で、伊達政宗の伯父にあたる戦国期の武将。 関ヶ原の戦いでは東軍につき、最上家を57万石の大大名に成長させました。 最上義光と家臣等10名の位牌が、立石寺(山寺)に安置されています。
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仙洞院墓

仙洞院は名は綾と伝わる上杉謙信の姉で上杉景勝の母。次男の景勝が実子のなかった謙信の養子となって上杉家の跡を継ぎ、晩年は上杉氏の移封とともに会津や米沢へと移っていきました。お墓は林泉寺にあります。
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甲州婦人菊姫墓

菊姫は武田信玄の五女で上杉景勝の正室であった女性。武田勝頼と上杉景勝が同盟を結んだときに同盟の証として上杉景勝に嫁ぎ、上杉家中からも才色兼備の賢夫人として敬愛されていたと伝わっています。
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直江兼続墓

山形県米沢市の林泉寺境内にある上杉家家老、直江兼続の墓。兼続の墓石と並んで妻の墓石がたち、夫と妻の墓石が共に同じ大きさというのは珍しいそうで、直江夫婦は仲睦まじかったとの伝承もあるそうです。
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武田信清の墓

武田信清は武田信玄の七男で、子供の頃法善寺に入り玄竜と号しました。後に兄・勝頼の命令で還俗しましたが、武田氏滅亡後、越後国の上杉景勝の正室であった異母姉・菊姫を頼って上杉氏に寄寓し、武田姓に復帰しました。墓は米沢市の林泉寺にあります。
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上杉鷹山像(松岬神社)

上杉鷹山は江戸時代中期の出羽国米沢藩の第9代藩主で、江戸時代屈指の名君として知られる人物です。初めは上杉謙信とともに上杉神社に祀られていましたが、明治35年(1902年)に摂社松岬神社に遷されました。
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上杉謙信祠堂跡(上杉神社)

天正6年(1578年)3月13日、越後春日山城で死去した上杉謙信公は、当初は春日山城内に埋葬され、長尾上杉家の転封に伴って若松城、ついで米沢城内に改葬されたと伝わっています。
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上杉鷹山像(上杉神社)

上杉鷹山は江戸時代中期の大名で出羽国米沢藩の第9代藩主。領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られています。当初は上杉謙信とともに上杉神社に祀られていました。
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上杉神社

山形県米沢市の米沢城址にある上杉謙信を祀る神社。創建は明治4年(1871年) で、当初は上杉謙信と上杉鷹山を合祀していたそうですが、現在のご祭神は上杉謙信のみとなっているとのことです。
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上杉謙信像

上杉謙信は戦国時代の越後国の武将・戦国大名。越後の虎や越後の龍、また、軍神とも称され、武田信玄との川中島の戦いで良く知られています。上杉謙信を祀る米沢の上杉神社に像があります。
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伊達政宗生誕地

伊達政宗は伊達氏の第17代当主で仙台藩初代藩主。永禄10年8月3日(1567年9月5日)、出羽国米沢城で伊達氏第16代当主・伊達輝宗の嫡男として、正室である最上義守の娘・義姫(最上義光の妹)から生まれました。
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米沢城址

米沢城は山形県米沢市にあった城で、現在は上杉神社になっています。戦国時代には伊達氏の本拠地で、伊達政宗の出生した城であり、江戸時代には上杉氏の居城となり、上杉景勝・上杉鷹山などが居住しました。
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