テーマ:横浜

感念井戸

巴御前は夫であった木曽義仲が敗れると和田義盛に引き取られ、さらに和田義盛も敗死し、巴御前は木曾へと落ち延びて行ったそうです。その途中、横根稲荷神社の境内にあった井戸の水で化粧をしたと伝わっています。
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中消防署開設地跡

大正8年(1919年)に横浜の2つの消防署の中の一つである第二消防署(現在の中消防署)がこの地に開設され、9月1日から事務を開始したとのことです。昭和51年(1956年)に伊勢佐木長者町駅の近くに3代目の庁舎が落成し、現在の中消防署はそちらにあります。
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旧横浜市外電話局

旧横浜市外電話局は、昭和4年(1929年)に横浜中央電話局として逓信省が建設しました。設計をおこなったのは横浜出身の逓信省技師中山広吉。平成12年(2000年)度に横浜市認定歴史的建造物となり、現在は横浜都市発展記念館・横浜ユーラシア文化館として利用されています。
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近代のパン発祥の地

開港の翌年(安政7年、万延元年、1860年)年にフランス人にパンの製法を習った内海兵吉が国内初のパン屋として「富田屋」を開業したのが、現在の大桟橋通りに面したこの辺りだそうです。内木彦太郎の元町「ウチキパン」の英国流の山型食パンが登場したのはその後のことです。
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横浜赤レンガ倉庫

明治末期から大正初期にかけて新港埠頭に建設された保税倉庫。現在は、展示スペース、ホール、商業施設などとして利用されていて、横浜の人気観光スポットの一つになっています。
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旧古町橋跡

この場所には江戸時代初期の東海道が帷子川をわたる「古町橋」があったそうです。かねてから暴れ川として氾濫を繰り返していた帷子川の改修が昭和38年(1963年)に決定され、その際の帷子川の流路変更に伴い、現在の古町橋は昭和41年(1966年)に、ここから約120m北に架設されました。
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桜ヶ丘の石碑

横浜市保土ヶ谷区桜ケ丘の月見台交差点(五差路)の北側角にある小さな石碑。この石碑は嘉永6年(1853年)ペリー来航の年に、当時の二俣川村と帷子町が協力して桜ヶ丘を通る新道をつくり、その記念に建てられたものだそうです。
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鎌倉道と大山道の分かれ道

大山道とは江戸中期以降江戸の庶民が大山詣に利用した道で、各地から約30のルートがあるそうです。また鎌倉道は各地から鎌倉に至る道の総称。この地点(横浜市の大池公園の東側)は東に行けば程ヶ谷宿、南に行けば鎌倉中の道を通り鎌倉へ、西に行けば大山雨阿夫利神社へと通じる三叉路だったとのことです。
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二代目横浜駅遺構

鉄道開業当時の横浜駅は現在の桜木町駅でしたが、東海道本線と外れていたために、この地(横浜市営地下鉄高島町駅の少し北側)に二代目横浜駅が大正3年(1914年)に開業しました。しかし、関東大震災で駅舎が倒壊したために、横浜駅は昭和3年(1928年)に現在地に移転しました。
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鉄道湧水

横浜市西区の掃部山公園の東側の崖の下から湧き出ている、一見排水とも見える湧水。掃部山公園は明治初期には鉄道技師の官舎があった処で当時は鉄道山と呼ばれていたそうです。そして、その鉄道山の地下から湧き出てきたこの水は蒸気機関車の給水に利用されていたとのことです。
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日本ガソリンスタンド発祥の地碑

横浜駅の東口、ヨコハマプラザホテルの前に小さな石碑がたてられています。 横浜米油が此処にガソリンスタンドを建てたのが日本最初のガソリンス タンドということで、昭和49年(1974年)9月19日に碑が建てられたそうです。
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山汐丸錨

山汐丸は就役後は日本陸軍の指揮下で運用される予定であった護衛空母兼用仕様のタンカー。三菱重工業横浜船渠で竣工しましたが、その場所が 現在は横浜みなとみらいとなっていて、そこに錨が屋外展示されています。
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練習帆船日本丸(初代)

その美しさは海の貴婦人とも呼ばれていた、かつての日本の航海大型練習帆船。現在は横浜の日本丸メモリアルパークに係留されていて内部は一般公開されています。また総帆展帆、満船飾などのイベントも年に数回行われています。
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居留地90番地の大砲

スイスの商社シーベル・ブレンクル商会が営業していた山下居留地90番の地中から出土した大砲の1つで、帝政ロシア製の32ポンド砲。神奈川県立歴史博物館の西側の広場に屋外展示されています。
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神奈川県庁庁舎

昭和3年(1928年)10月に完成した帝冠様式の建造物で、県内で最初の国登録有形文化財です。「キングの塔」の愛称を持ち、「クイーンの塔」、「ジャックの塔」とともに、横浜三塔の一つとして市民に親しまれています。
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石川屋

横浜市中区の元町交差点近くにあるおでん屋さん。唐人お吉が横浜に住ん でいた頃、この店(当時は米店)の女主人が、いろいろとお吉の世話を焼き、 お吉に髪結いの仕事を紹介したとのことです。
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横浜元町

元町は横浜を代表する商業地の一つとして有名な商店街。横浜開港に伴って立ち退いた旧横浜村住民がこの地に移住したことから「横浜元町」と呼ばれるようになったそうです。
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横浜市開港記念会館

横浜港開港50周年記念事業として、大正6年(1917年)に完成した建物。 関東大震災で全焼しましたが、再建されて国の重要文化財になっています。 ジャックの塔の愛称を持ち、現在も中区公会堂として利用されています。
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開通合名会社煉瓦遺構

明治時代に建てられたと推定され、関東大震災で倒壊した煉瓦造りの建物の遺構で、横浜の開港記念会館のすぐ近くに保存されています。この会社は横浜港から陸揚げされる貨物の通関・発送をしていた商社だったそうです。
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旧横浜居留地91番地塀

横浜居留地91番地は、明治初期から昭和40年(1965年)までの通算90年弱の間、 外国商社の一つであるイタリア系蚕種・生糸輸出商社デローロ商会の所在地でした。この塀は旧居留地の建物の外構の姿を示す唯一の遺構です。
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旧横浜居留地48番館

横浜の山下居留地でダイナマイトなどを取り扱うモリソン商会の店舗として明治16年(1883年)に建設された建物の遺構。横浜最古の洋風建築物とされていて、神奈川県指定/指定重要文化財になっています。
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ホテル ニューグランド

横浜市中区にあるホテルで、横浜における主要なランドマークの一つ。 ダグラス・マッカーサーは、昭和20年(1945年)に聯合国最高司令官として来日直後、315号室に滞在していたそうです。
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リカルテ将軍記念碑

アルテミオ・リカルテは、フィリピン革命期と米比戦争期のフィリピンの将軍。 日本への亡命中に横浜山下町に住み、山下公園のベンチで南方の一点を見つめて過ごすことが多かったとのこと。山下公園に記念碑があります。
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鉄砲宿

横浜市戸塚区影取町に残る地名。昔この付近の池には影を食べる大蛇が棲んでいて、その大蛇を鉄砲の名手が撃ち殺したとの伝説があります。 この大蛇が撃ち殺された辺りが今では鉄砲宿と呼ばれています。
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原宿一里塚

横浜市戸塚区原宿の国道1号線沿いにある一里塚の跡。原宿の一里塚は、 起点の江戸日本橋から測って11番目にあたっている一里塚。塚の付近に茶店などがあったので、原宿と呼ばれるようになったのことです。
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お軽勘平戸塚山中道行の場の碑

横浜市戸塚区戸塚町の国道1号線沿いにある、お軽勘平の碑。仮名手本忠臣蔵の中で、お軽と勘平は駆け落ちをすることになり、その途中の戸塚の山中で甚平はお軽の身を案じる、その場面がここだったとのことです。
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大坂松並木跡

横浜市戸塚区にある旧東海道の松並木の跡。徳川家光の時、日照りが続き、歩行者のために街道筋に松が植えられた伝わっています。天気の良い日には松並木から素晴らしい富士山が眺められ、多くの浮世絵の画題になったそうです。
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脇本陣跡(戸塚宿)

横浜市戸塚区戸塚町、国道1号線(旧東海道)沿いにある戸塚宿の脇本陣跡。 戸塚宿には3軒の脇本陣があり、本陣に差し支えがあったとき等に利用されていたそうです。大名等の宿泊が無い時は一般旅客も宿泊できたとのことです。
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ホテル発祥の地

万延元年(1860年)、オランダ人船長C・J・フフナーゲルが開業した日本初の近代ホテル「ヨコハマ・ホテル」が、この地(居留地70番)にありました。このホ テルには、シーボルト父子や画家のW.ハイネなども滞在していたとのことです。
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ストラチャン商会跡地

現在の山下町一帯「旧山下居留地71番地」は、かつては多くの外国商館が建 ちならぶ外国人居留地でした。此処には汽船会社や保険会社の代理店業務を手がける英国系貿易商社のストラチャン商会の建物が建っていたそうです。
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