テーマ:大倉御所

絵柄天神社

大宰府天満宮、北野天満宮と並び、菅原道真公をご祭神とする三天神社の一つ。鎌倉に幕府を開いた源頼朝が鬼門の守護神と仰ぎ、改めて社殿を造営したとのこと。学問の神様として、受験シーズンには沢山の参拝者で賑わいます。
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法華堂跡

法華堂は源頼朝が聖観音像を本尊として建立した持仏堂。源頼朝は死後、持仏堂であった法華堂に葬られたと云われています。また、宝治合戦では、三浦泰村ら一族500名が自害したところでもあります。
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銭洗弁財天宇賀福神社

源頼朝が巳の年、巳の月、巳の日に見た霊夢に従い祀った神社。北条時頼が 巳の年にここの霊水で銭を洗い一族の繁栄を祈ったとのことで、境内洞窟にある清水で硬貨等を洗うとお金が増えると言い伝えられています。
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佐助稲荷

源頼朝に挙兵を促し、勝利へ導いたとされる神霊を祀った神社。源頼朝(右兵衛権佐)を助けたということから、佐助稲荷と呼ばれていて、また、源頼朝を出世させたことから、出世稲荷とも呼ばれています。
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西御門跡

源頼朝の館は鶴岡八幡宮の東側にあり、大蔵御所と呼ばれていました。政務もここで行われ、幕府の所在地として大蔵幕府とも呼ばれています。大蔵御所には四方に門があり、西御門の跡に碑が建てられています。    
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勝長寿院跡

源頼朝が父である源義朝の菩提を弔うために建立したお寺。鶴岡八幡宮、永福寺とともに、鎌倉の三大寺院の一つでした。現在は、勝長寿院跡の碑、源義朝と鎌田政清の供養塔が残るのみです。  
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東御門跡

源頼朝の館は、鶴岡八幡宮の東側にあり、大倉御所と呼ばれていました。政務もここで行われ、幕府の所在地として、大倉幕府とも呼ばれています。大倉御所には四方に門があり、東御門の跡に碑が建てられています。
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大倉幕府跡

治承4年(1180年)、鎌倉入りした源頼朝が館を構えたのが八幡宮の東側。大倉御所と呼ばれた此処で、46年の間、鎌倉幕府の政治が行われました。嘉禄元年(1225年)、幕府は宇都(津)宮辻子へと移されていきました。
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