テーマ:源頼朝

白旗源泉

建久4年(1193年)、源頼朝が浅間での狩で草津まで騎馬を進めた際、荒れ果てた源泉地を改修し自ら入浴したと伝えられている処。以来この湯を御座の湯と呼び、その後祠を建てて頼朝を祀ったのが頼朝宮。頼朝宮は草津温泉開湯の伝承と温泉信仰の歴史的遺跡として草津町の文化財に指定されています。
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法華堂跡

法華堂は源頼朝が聖観音像を本尊として建立した持仏堂。源頼朝は死後、持仏堂であった法華堂に葬られたと云われています。また、宝治合戦では、三浦泰村ら一族500名が自害したところでもあります。
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源頼朝の墓

源頼朝の墓は、大蔵御所があったとされる処の北側の斜面にありますが、元々は法華堂跡にあった墓が島津家により現在地に移されたそうです。石塔には島津家のものである「丸に十の字」の紋が確認されます。
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源頼朝・北条政子像

源頼朝が流されて約20年を過ごしたとされている蛭ヶ小島にある二人の像。 流人の頼朝と恋に落ち、頼朝の妻になったのが地元の豪族の娘の北条政子。 その後、頼朝は鎌倉に幕府を開き、政子も尼将軍と言われるまでなりました。
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源頼朝像

鎌倉市街地の西方にある源氏山公園内の源頼朝像。源頼朝は流人の身 から平家打倒の兵を挙げ、平家のみならず奥州藤原氏をも倒して、鎌倉 に幕府を開いた鎌倉幕府の初代征夷大将軍です。
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頼朝寄進の鳥居

江島神社の奥津宮の入口にある石の鳥居。 養和2年(1182年)、源頼朝は奥州の藤原秀衡を調伏するために岩屋に弁財天を勧請し、その際にこの鳥居を寄進したと伝わっています。
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源頼朝公落馬地

源頼朝は建久9年(1198年)12月27日、相模川の橋供養に出かけた 帰路に落馬し、その怪我が原因で翌年1月13日に亡くなったと伝えられて います。辻堂駅の南側に源頼朝公落馬地とされているところがあります。
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大門(野間大坊)

源義朝が平治の乱に敗れ、臣下の長田忠致に謀殺された処が野間の地。 建久元年(1190年)に、上洛途中で野間の大御堂寺を訪れた源頼朝が 父義朝の法要の際、境内の様々な伽藍と共に寄進建立した門とのことです。
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源頼朝出生地

源頼朝は鎌倉時代初期の武将、政治家であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍。久安3年(1147年)4月8日、源義朝の三男として尾張国の熱田神宮西側にあった神宮大宮司・藤原季範の別邸(現誓願寺)で生まれたとのことです。
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馬喰橋

藤沢市片瀬を流れる境川沿いの小路に架かる小さな橋。源頼朝が片瀬川に馬の鞍を架けて橋の代わりにしたことから馬鞍橋、また昔、馬がこの橋にさしかかると、突然死んでしまうことから馬殺橋と呼ばれた、と伝わっています。
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沓掛石

御殿場市に鎮座する新橋浅間神社の創建は不詳ですが、伝承によると、建久4年(1193年)、源頼朝が富士の巻狩りの際に勧請されたとも云われています。境内には源頼朝が巻狩りの際に足をかけたと伝わる沓掛石があります。
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経塚(下立松原神社)

千葉県南房総市千倉町牧田に鎮座する下立松原神社の境内にある経塚。源頼朝が自ら書写し奉納したと伝わる大般若経600巻が、江戸時代中期の明和9年(1772年)に経塚に納められたとのことです。
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大椿寺

神奈川県三浦市にある「椿の御所」跡に建つ臨済宗妙心寺派のお寺。「椿の御所」は源頼朝の三崎三御所の一つで、頼朝はここに寵愛した妾を住まわせ、庭内は椿の花に埋もれる程であったそうです。
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本瑞寺

平安以来の武家の名門三浦一族の菩提寺であり、源頼朝が三崎に建てた三御所の一つ「桜の御所」跡と伝わる処。源頼朝はこの地に桜を植えて、城ヶ島に植えた桜と合わせて桜を眺める観桜の宴を催したとのことです。
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頼朝手植えの公孫樹

三浦市に鎮座する海南神社境内にある源頼朝の手植えと伝わる大銀杏。源頼朝が平氏打倒、源氏政権樹立の大願成就の記念とともに寄進したと伝わり、樹齢は800年で三浦市内で最も古い木とのことです。
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見桃寺

三浦市にある元和2年(1616年)創建の臨済宗妙心寺派のお寺。源頼朝は三崎に3つの御所をつくったと伝わり、その頼朝が建てた三崎三御所のうちの「桃の御所」跡といわれる場所にあります。
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御霊神社(茅ヶ崎)

建久9年(1198年)、源頼朝が相模川の橋供養に列席した際、義経の怨霊が現れたために頼朝乗馬の馬が驚き暴れ、頼朝は落馬して亡くなったとされてます。御霊神社はこの義経の怨霊を祀ったものと伝わています。
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腰掛石(伊豆山神社)

静岡県熱海市に鎮座する伊豆山神社境内にある、頼朝・政子の腰掛石。伊豆山神社は、源頼朝と北条政子の恋の舞台と伝えられていて、境内には、二人が座ったとされる石(腰掛石)が置かれています。
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伊豆山神社

静岡県熱海市伊豆山上野地に鎮座する神社で、全国各地に点在する伊豆山神社や伊豆神社、走湯神社などの起源となった事実上の総本社格。源頼朝は伊豆国に配流されたとき、当社に源氏再興を祈願したそうです。
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瀬戸神社

横浜市金沢区瀬戸に鎮座する瀬戸三島明神とも呼ばれる神社。治承4年(1180年)、源頼朝が伊豆で挙兵した際に加護をもらった伊豆三島神をこの地に勧請し、社殿を建立したのが瀬戸神社の創建とのことです。
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龍華寺

横浜市金沢区にある真言宗御室派のお寺で、源頼朝が文覚上人と共に瀬戸神社の別当寺として六浦山中に建てた浄願寺が始まりとのこと。明応8年(1499年)、光徳寺と合併され当地に移築、龍華寺となりました。
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希義公の土と石

源希義は源頼朝の同母弟で、兄頼朝の伊豆への配流と同時に土佐国に流罪となりました。そして後に、兄頼朝の挙兵により平家の追討軍によって討ち取られました。しかし、平成6年(1994年)に頼朝と希義の墓の土と石を交換して兄弟の再会が果たされ、鎌倉の頼朝の墓の傍らに希義公の土と石が置かれています。
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洲崎大神

横浜市神奈川区青木町にある天太玉命、天比理刀売命を祭神とする神社。源頼朝が安房国一宮の安房神社の霊を移して祀ったのが始まりとのこと。横浜開港時には、開港場と神奈川宿を結ぶ渡船場が近くにあったそうです。
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石橋山

治承4年(1180年)、伊豆の韮山で挙兵した源頼朝軍は追討軍の大庭景親、伊東祐親軍に石橋山で包囲され合戦となりました。多勢に無勢の頼朝軍は壊滅し、頼朝は真鶴岬から安房へと逃亡しました。
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