テーマ:源頼朝

法華堂跡

法華堂は源頼朝が聖観音像を本尊として建立した持仏堂。源頼朝は死後、持仏堂であった法華堂に葬られたと云われています。また、宝治合戦では、三浦泰村ら一族500名が自害したところでもあります。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

源頼朝像

鎌倉市街地の西方にある源氏山公園内の源頼朝像。源頼朝は流人の身 から平家打倒の兵を挙げ、平家のみならず奥州藤原氏をも倒して、鎌倉 に幕府を開いた鎌倉幕府の初代征夷大将軍です。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

頼朝寄進の鳥居

江島神社の奥津宮の入口にある石の鳥居。 養和2年(1182年)、源頼朝は奥州の藤原秀衡を調伏するために岩屋に弁財天を勧請し、その際にこの鳥居を寄進したと伝わっています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

源頼朝公落馬地

源頼朝は建久9年(1198年)12月27日、相模川の橋供養に出かけた 帰路に落馬し、その怪我が原因で翌年1月13日に亡くなったと伝えられて います。辻堂駅の南側に源頼朝公落馬地とされているところがあります。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

源頼朝出生地

源頼朝は鎌倉時代初期の武将、政治家であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍。久安3年(1147年)4月8日、源義朝の三男として尾張国の熱田神宮西側にあった神宮大宮司・藤原季範の別邸(現誓願寺)で生まれたとのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

馬喰橋

  藤沢市片瀬を流れる境川沿いの小路に架かる小さな橋。源頼朝が片瀬川に 馬の鞍を架けて橋の代わりにしたことから馬鞍橋、また昔、馬がこの橋にさし かかると、突然死んでしまうことから馬殺橋と呼ばれた、と伝わっています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

沓掛石

御殿場市に鎮座する新橋浅間神社の創建は不詳ですが、伝承によると、建久4年(1193年)、源頼朝が富士の巻狩りの際に勧請されたとも云われています。境内には源頼朝が巻狩りの際に足をかけたと伝わる沓掛石があります。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

経塚(下立松原神社)

千葉県南房総市千倉町牧田に鎮座する下立松原神社の境内にある経塚。源頼朝が自ら書写し奉納したと伝わる大般若経600巻が、江戸時代中期の明和9年(1772年)に経塚に納められたとのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大椿寺

神奈川県三浦市にある「椿の御所」跡に建つ臨済宗妙心寺派のお寺。「椿の御所」は源頼朝の三崎三御所の一つで、頼朝はここに寵愛した妾を住まわせ、庭内は椿の花に埋もれる程であったそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

本瑞寺

平安以来の武家の名門三浦一族の菩提寺であり、源頼朝が三崎に建てた三御所の一つ「桜の御所」跡と伝わる処。源頼朝はこの地に桜を植えて、城ヶ島に植えた桜と合わせて桜を眺める観桜の宴を催したとのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

頼朝手植えの公孫樹

三浦市に鎮座する海南神社境内にある源頼朝の手植えと伝わる大銀杏。源頼朝が平氏打倒、源氏政権樹立の大願成就の記念とともに寄進したと伝わり、樹齢は800年で三浦市内で最も古い木とのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

見桃寺

三浦市にある元和2年(1616年)創建の臨済宗妙心寺派のお寺。源頼朝は三崎に3つの御所をつくったと伝わり、その頼朝が建てた三崎三御所のうちの「桃の御所」跡といわれる場所にあります。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

弁慶塚

建久9年(1198年)、相模川に架かる橋の落成供養に参列した源頼朝は、その帰途、義経・行家らの亡霊のため、乗馬が暴れて落馬して、翌正治元年1月に死去したとのこと。後年里人たちが、義経一族の霊を慰めるため、弁慶塚を造ったそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

馬入橋

平塚市の相模川に架かる「日本百名橋」などに選定されている道路橋。鎌倉時代、源頼朝が旧相模川に架けられた橋の落成式に出席後に落馬し、翌月に亡くなったことが、「馬入」の名称の由来になっているとのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

相模川橋脚跡

建久9年(1198年)に、源頼朝の重臣稲毛重成が架けた橋の橋脚。頼朝はこの橋の落成式の帰路の落馬が原因で亡くなったとされています。関東大震災の際の揺れとその後の余震によって、水田に出現したそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

御霊神社(茅ヶ崎)

建久9年(1198年)、源頼朝が相模川の橋供養に列席した際、義経の怨霊が現れたために頼朝乗馬の馬が驚き暴れ、頼朝は落馬して亡くなったとされてます。御霊神社はこの義経の怨霊を祀ったものと伝わています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

腰掛石(伊豆山神社)

静岡県熱海市に鎮座する伊豆山神社境内にある、頼朝・政子の腰掛石。伊豆山神社は、源頼朝と北条政子の恋の舞台と伝えられていて、境内には、二人が座ったとされる石(腰掛石)が置かれています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

伊豆山神社

静岡県熱海市伊豆山上野地に鎮座する神社で、全国各地に点在する伊豆山神社や伊豆神社、走湯神社などの起源となった事実上の総本社格。源頼朝は伊豆国に配流されたとき、当社に源氏再興を祈願したそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

瀬戸神社

横浜市金沢区瀬戸に鎮座する瀬戸三島明神とも呼ばれる神社。治承4年(1180年)、源頼朝が伊豆で挙兵した際に加護をもらった伊豆三島神をこの地に勧請し、社殿を建立したのが瀬戸神社の創建とのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

龍華寺

横浜市金沢区にある真言宗御室派のお寺で、源頼朝が文覚上人と共に瀬戸神社の別当寺として六浦山中に建てた浄願寺が始まりとのこと。明応8年(1499年)、光徳寺と合併され当地に移築、龍華寺となりました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

洲崎大神

横浜市神奈川区青木町にある天太玉命、天比理刀売命を祭神とする神社。源頼朝が安房国一宮の安房神社の霊を移して祀ったのが始まりとのこと。横浜開港時には、開港場と神奈川宿を結ぶ渡船場が近くにあったそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

石橋山

治承4年(1180年)、伊豆の韮山で挙兵した源頼朝軍は追討軍の大庭景親、伊東祐親軍に石橋山で包囲され合戦となりました。多勢に無勢の頼朝軍は壊滅し、頼朝は真鶴岬から安房へと逃亡しました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more