テーマ:坂本龍馬

勝海舟邸跡

東京都港区赤坂の本氷川坂の下にある勝海舟邸跡。勝海舟は安政6年 (1859年)から明治元年(1868年)までをこの地で過ごしましたが、文久2年 (1862年)12月、坂本龍馬が勝に面会するために訪れたのがこの地です。
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勝海舟・坂本龍馬師弟像

東京の赤坂にあった勝海舟の旧邸宅跡に建てられている二人の像。尊王攘夷派だった龍馬は、開国を唱える勝を斬ろうとして勝海舟の屋敷を訪れましたが、 勝の思想に触れて考えを変え、弟子入りを願ったという逸話があります。
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さくらや屋跡(田中屋)

広重の「東海道五十三次」の神奈川・台之景にも描かれているのが「さくらや」。文久3年(1863年)に田中家の初代がその「さくらや」を買い取り「田中家」がスタート。坂本龍馬の妻おりょうも住み込みの仲居として働いていたとのことです。     
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坂本龍馬・中岡慎太郎像(円山公園)

京都東山の円山公園内にある坂本龍馬・中岡慎太郎の像。この像は 昭和11年(1936年)に京都高知県人会有志により建立され、第二次大戦 中に撤去されましたが、昭和37年(1962年)に再建されたとのことです。
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近江屋跡

京都市の四条河原町交差点から北に200m程の処にある醤油屋近江屋跡。 慶応3年(1867年)11月15日に坂本龍馬と中岡慎太郎、山田藤吉の3人が ここ、京都河原町近江屋井口新助邸において何者かによって暗殺されました。
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お龍(坂本龍馬妻)寓居跡

京都の木屋町通の山崎橋近くに石碑が建てられています。坂本龍馬の妻の お龍が、坂本龍馬と出会う前の独身時代に住んでいたとされる場所とのこと ですが、正確な位置は不明だそうです。
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霧島神宮

天孫降臨の霊峰高千穂峰の麓である鹿児島県霧島市に鎮座する天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を主祭神とする神社。 坂本龍馬が日本初と云われる新婚旅行で訪れたことでも知られています。
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浜川砲台跡

嘉永6年(1853年)の黒船来航に対して、土佐藩も下屋敷があった品川宿 立会川の海辺に大砲8門を備える砲台を築き、異国船の再来襲に備えました。 その折には、坂本龍馬もこの地で警備の任に着いていたそうです。
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坂本龍馬像(立会川)

幕末の嘉永6年(1853年)6月3日、ペリーが4隻の黒船で浦賀に来航。 その当時、坂本龍馬も土佐藩の一員として、土佐藩抱え屋敷に設けられ ていた浜川砲台での警備に駆り出されていたそうです。
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坂本龍馬像

坂本龍馬は土佐出身の江戸時代末期の志士で、薩長同盟の斡旋、 大政奉還の成立に尽力するなど、明治維新に大きな影響を与えた人物。 出身地である高知の桂浜に銅像がたてられています。
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坂本龍馬・お龍結婚式場跡

京都市東山区三条通白川橋東入五軒町、白川橋近くに石碑があります。ここは青蓮院の旧境内、塔頭金蔵寺跡で、元治元年(1864年)8月初旬、ここの本堂で、坂本龍馬と妻お龍(鞆)は「内祝言」をしたとのことです。
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坂本龍馬・中岡慎太郎像(霊山墓地)

京都の霊山墓地にある坂本龍馬・中岡慎太郎の墓の脇にある二人の像。坂本龍馬と中岡慎太郎は共に、慶応3年11月15日(1867年12月10日)、京都河原町近江屋井口新助邸において、何者かによって暗殺されました。
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坂本龍馬・中岡慎太郎墓

慶応3年(1867年)11月15日に暗殺された坂本龍馬と中岡慎太郎は、18日に近江屋で葬儀が行われ、霊山墓地に埋葬されたとのことです。龍馬の命日の11月15日には、墓前で慰霊祭が催されているそうです。
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寺田屋騒動記念碑

文久2年(1862年)4月23日に、現在の京都市伏見区の寺田屋で発生した事件の碑。この寺田屋で島津久光の上意により薩摩藩尊皇派が鎮撫されました。 碑の前には、もう一つの寺田屋事件の坂本龍馬の像も建てられています。
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寺田屋

寺田屋は江戸時代末期に現在の京都市伏見区にあった旅館。文久2年(1862年)の薩摩藩による尊皇派志士の鎮撫事件、また、慶応2年(1866年)の伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件の現場として知られています。
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