テーマ:旧日本帝国陸海軍

山汐丸錨

山汐丸は就役後は日本陸軍の指揮下で運用される予定であった護衛空母兼用仕様のタンカー。三菱重工業横浜船渠で竣工しましたが、その場所が 現在は横浜みなとみらいとなっていて、そこに錨が屋外展示されています。
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木村・徳田両中尉像

大正2年(1913年)3月28日、青山練兵場からの帰路、木村鈴四郎砲兵中尉 と徳田金一歩兵中尉の搭乗したブレリオ機は、午前11時59分、所沢飛行場を目前にして突風を受け左翼が折れて墜落、両中尉とも即死でした。
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九七式戦闘機(模造機)

陸軍初の低翼単葉戦闘機として、中島飛行機が開発した昭和15年 (1940年)前後の主力戦闘機。旋回性能に非常に優れ 、水平面での格闘戦では右に出る機体は無かったとされている名機です。
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九一式戦闘機

中島飛行機によって製造された日本陸軍最初の日本オリジナルの設計による戦闘機。第二次世界大戦前の主力戦闘機で、唯一1機が所沢航空発祥記念館に解体状態で保存されており、重要航空遺産の第1号に認定されています。
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会式一号飛行機(復元レプリカ)

会式一号機は、明治44年(1911年)に日本で製作された飛行機。この機体は軍用機としては初の国産機で、10月13日に初飛行に成功しました。原寸大レプリカが所沢航空発祥記念館入り口ロビーに吊り下げ展示されています。
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旧日本帝国陸軍東京砲兵工廠跡の基礎用レンガ

東京砲兵工廠は日本陸軍の兵器工廠。明治4年(1871年)から昭和10年 (1935年)まで現在の東京ドームの地で、その機能を小倉工廠に移転する まで操業し、小銃を主体とする兵器を製造したところです。
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戦艦陸奥主砲(呉)

戦艦陸奥は長門型戦艦の2番艦で、1番艦「長門」と共に日本の力の象徴 として日本国民に長く愛されました。竣工当時は世界に7隻しか存在しなかっ た40cm砲搭載戦艦として「世界七大戦艦」と呼ばれていました。
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戦艦陸奥スクリュー

陸奥は日本の力の象徴として日本国民に長く愛された戦艦でしたが、昭和 18年(1943年)6月8日、原因不明の爆発事故を起こし柱島沖で沈没。 戦後に浮揚作業が行われ、日本各地で陸奥の装備が展示されています。
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零式艦上戦闘機(大和ミュージアム)

日本の誇る旧帝国海軍の主力戦闘機。零戦の「零式」との名称は、正式 採用された昭和15年(1940年)が皇紀2600年にあたり、その下2桁が 「00」であるため。零戦六二型が大和ミュージアムに展示されています。
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九一式徹甲弾

大日本帝国海軍が戦艦・巡洋艦用に開発した徹甲弾で、目標の手前に落下した砲弾が水中である程度の距離を水平に直進し、艦船の水中防御部 に命中する水中弾効果を持つ砲弾。戦艦大和にも搭載されました。
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中島栄エンジン

第二次世界大戦期に中島飛行機が開発・製造した空冷星型航空機用 レシプロエンジン。零式艦上戦闘機・一式戦闘機「隼」のエンジンとして 有名であり、合計33233台製造されました。
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特殊潜航艇海龍

大日本帝国海軍の特殊潜航艇の一種で、敵艦に対して魚雷もしくは体当りにより攻撃を行う二人乗りの有翼特殊潜航艇・水中特攻兵器。広島県呉市の大和ミュージアムに展示されています。
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戦艦大和(模型)

戦艦大和は大和型戦艦の1番艦。2番艦「武蔵」とともに史上最大にして、 唯一46センチ砲を搭載した戦艦。昭和20年(1945年)4月7日特攻作戦を決行し沈没。 大和ミュージアムに1/10の模型が展示されています。
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大和のふるさと

広島の呉海軍工廠では、戦艦大和、戦艦長門、空母赤城等の数々の艦船が建造されました。戦艦大和を建造したドックは埋め立てられ、現在は上屋 (骨組みは当時のまま)だけが残されています。
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噫戦艦大和之塔

戦艦大和を建造した旧呉海軍工廠を望む「歴史の見える丘」に、昭和44 (1969年)の第30回大和進水日(8月8日)を記念して呉大和会により建てられた記念碑。大和の艦橋をかたどった塔で、主砲徹甲弾も展示されています。
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呉海軍工廠跡

明治22年(1889年)呉鎮守府設置と同時に「造船部」が設置され、明治36年 (1903年)に日本海軍の組織改編で呉海軍工廠が誕生。その後は東洋一と呼ばれる程にまで設備を充実させ、日本海軍艦艇建造の中心地となりました。現在はジャパンマリンユナイテッド呉工場として大型民間船舶を建造しています。
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造船船渠記念碑

呉市の歴史の見える丘にある記念碑。戦艦大和をはじめ、時代を代表する商船を数多く建造した旧呉海軍工廠造船船渠(ドック)が埋め立てられることになり、ドックの壁石を使ってドックの底に下りる階段を再現したものです。
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大講堂(江田島)

江田島にある旧海軍兵学校時代からの大講堂。大正6年(1917年)に兵学校生徒の入校式、卒業式また精神教育の場として建築され、現在も幹部候補生、第1術科学校の学生等の入校式、卒業式等儀式に使用されています。
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戦艦大和主砲弾・特殊潜航艇

旧海軍兵学校の教育参考館の前に展示されている戦艦大和の主砲弾と特殊潜航艇。この特殊潜航艇は真珠湾攻撃に参加した5隻の中の1隻 で、昭和35年に真珠湾沖で米海軍により引き揚げられたものです。
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教育参考館(江田島)

広島県の江田島にある展示資料館で、海軍兵学校卒業生の積立金及び 一般企業等の寄付をもって、昭和11年(1936年)に建築されたそうです。 内部には旧日本海軍に関する貴重な資料が数多く展示されています。
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海軍兵学校生徒館(江田島)

広島県の江田島にある、通称「赤レンガ」とも呼ばれる旧海軍兵学校の象徴ともいえる建物。明治26年(1893年)に海軍兵学校生徒館として生徒の教育のため建築され、現在は海上自衛隊幹部候補生学校庁舎になっています。
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近衛歩兵第1連隊跡

近衛歩兵第1連隊は大日本帝国陸軍の連隊の一つ。近衛歩兵第2連隊とならび日本陸軍最初の歩兵連隊で、西郷隆盛が率いた御親兵が母体でした。北の丸公園内、パレスサイドビルディング傍に記念碑があります。
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近衛歩兵第2連隊記念碑

近衛歩兵第2連隊は大日本帝国陸軍の連隊のひとつで、近衛歩兵第1連隊 とならび日本陸軍最初の歩兵連隊。 宮城事件に際しては、反乱将校の作成した偽造命令によって宮城占拠に動員されました。北の丸公園に碑があります。
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東京湾要塞跡(猿島砲台跡)

猿島砲台は陸軍が建設した東京湾要塞に属する沿岸砲台で、明治14年 (1881年)11月5日に起工し、明治17年(1884年)6月30日に竣工しました。実戦に用いられたことはありませんでしたが、首都防衛拠点となっていました。
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戦艦三笠

大日本帝国海軍の戦艦で、日露戦争では連合艦隊の旗艦として活躍。 日本海海戦では東郷平八郎が座乗して大勝利へと大きく貢献しました。 現在は横須賀三笠公園に記念艦として保存展示されています。
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海軍の碑

横須賀は幕末に幕府が製鉄所を建設して近代海軍の創設を企画して以来、 我国屈指の軍港都市であった処。大日本帝国海軍終息から50年の節目にあたる平成7年(2005年)、横須賀ヴェルニー公園内に碑が設置されました。
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国威顕彰記念塔

横須賀のヴェルニー公園内にある記念塔で、重巡洋艦高雄型の艦橋を模して作られています。昭和12年(1937年)5月27日の海軍記念日に除幕されたもので、 元は横須賀軍港逸見門の内側(逸見波止場)に設置されていたとのことです。
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軍艦山城之碑

戦艦山城は大正2年(1913年)11月20日、横須賀海軍工廠で起工され、 大正6年(1917年)3月31日に竣工した扶桑型戦艦2番艦。 昭和19年(1944年)10月25日、レイテ沖海戦で撃沈されました。
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軍艦沖島の碑

軍艦沖島は日本海軍が初めて建造した4000トン級の純粋な大型敷設艦。 水上偵察機1機を搭載する等、巡洋艦としての性格を持つ多用途艦でしたが、 昭和17年(1947年)5月11日、ソロモン群島ブガ島クイーンカロラ沖で沈没しました。
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軍艦長門碑

横須賀港に臨むヴェルニー公園にある旧日本海軍連合艦隊旗艦長門の碑。 戦前と戦中には日本海軍を代表する戦艦として国民から親しまれていました が、終戦後は米軍に接収され原爆実験の標的艦となり沈没しました。
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