テーマ:北海道

博物館網走監獄

明治から網走と深い関わりのある網走刑務所の旧建造物を天都山の中腹に移築復元などして保存公開している野外博物館。「五翼放射状平屋舎房」は刑務所の施設としては日本国内最古で、木造の行刑建築としては世界最古のものだそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

札幌市時計台

正式名は「旧札幌農学校演武場」、通称として「札幌時計台」。北海道庁旧本 庁舎(赤レンガ庁舎)と並び、札幌市の観光スポットです。現在は周囲を高層 ビル群で囲まれている状況で、日本三大ガッカリ名所の一つとされています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

土方歳三像(五稜郭タワー)

土方歳三は幕末に新撰組副長として京都で活躍したことで知られています。その後の戊辰戦争では旧幕府軍と共に、 宇津宮、会津と転戦し、最後は箱館に上陸。陸軍奉行並として箱館戦争を 指揮しましたが、一本木関門で戦死しました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

函館戦争供養塔

函館五稜郭の南側、五稜郭タワーの下にある箱館戦争戦没者の供養塔。多くの戦死者を出した新政府軍の総攻撃の日にあわせて、毎年5月11日に供養祭が行われ ているそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

函館奉行所

元々は箱館山の麓にあった函館奉行所ですが、元治元年(1864年)の五稜郭完成とともに現在地に移動。そして、戊辰戦争最後の激戦となった箱館戦争では旧幕府軍の拠点となりました。平成22年(2010年)に復元され、一般公開されています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

五稜郭

江戸時代末期に幕府により築城された西洋式城郭で、星形をした形状に特徴があります。函館戦争では旧幕府軍の拠点となった所ですが、現在は五稜郭公園として市民に親しまれ ています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

土方歳三供養碑

函館の称名寺に土方歳三と新選組隊士の供養碑があります。称名寺は函館戦争当時には現在地とは違うところにありましたが、当時の称名寺は新選組残党の屯所が置かれていた処と伝わっています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新撰組最後の地

新選組は文久3年(1863年)に京都の壬生で結成され、京都警備で活躍しました。しかしその後戊辰戦争で敗れて北上。最後は、函館弁天島砲台を 守備したものの、ついに降伏し消滅しました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ペリー会見所跡

安政元年(1854年)に神奈川で日米和親条約が締結され、その結果、函館 は安政2年(1855年)3月から開港することになりました。ペリーは和親条約締結後、函館に来港して市内の調査などをしたそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

函館丸

幕末に函館奉行所によって建造された西洋式帆船。安政4年(1857年)に 竣工しましたが、明治2年(1869年)に暴風雨で大破し、焼却処分になりました。函館港西埠頭では、昭和63年(1988年)制作の復元船が展示されています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

沖之口番所跡

沖之口番所は、江戸時代に船舶・貨物への徴税を行うために松前藩が設けた番所。ペリーの上陸地点、新選組の拠点の一つであった等の史跡でもあ ります。現在は、函館市臨海研究所になっています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

高田屋本店跡

高田屋嘉兵衛は江戸時代末期に蝦夷で活躍した廻船業者。国後島と択捉島 間の航路を開拓するなど、蝦夷地開拓に大きく貢献しました。ゴローニン事件 でロシアに拿捕されましたが、日露間の交渉に尽力しました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

赤レンガ倉庫(函館)

明治時代中期、金森森屋洋物店が営業倉庫業を始めたのが起源とのこと。 現在はビヤホールやレストラン、ショッピングモールとして再利用されていて、函館ベイエリアの観光スポットになっています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

函館ハリストス正教会

安政7年(1860年)、ロシア領事館の附属聖堂として建設されたのが始まり。 現在の聖堂は大正5年(1916年)に再建されたもの。聖堂は国の文化財、 鐘楼の鐘の音は「日本の音風景百選」に認定されています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

函館市写真歴史館

函館市元町公園内にある明治42年(1909年)年に竣工の洋風建築物。 北海道庁函館支庁庁舎として建築されましたが、現在は1階が元町観光案内所、2階が函館市写真歴史館として利用されています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旧函館区公会堂

函館港を見下ろす高台に、明治43年(1910年)に建てられました。建築 意匠・技法に優れ、改造が少なく家具の保存状態も良いことから、昭和49 年(1974年)に、国の重要文化財に指定されています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

カトリック元町教会

函館市元町にあるカトリック教会で、元町を代表する3教会の一つ。江戸 時代末期に仮聖堂が建築されましたが、明治10年(1978年)に木造初代聖堂が建立。現在の聖堂は大正13年(1924年)に再建されたものです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

亀田八幡宮

明徳元年(1390年)に越前の気比神社より八幡大神を勧請したのが起源。明治2年(1869年)5月18日、旧幕府軍が新政府軍に対し降伏の誓約を行い、箱館戦争、戊辰戦争が終結した場所でもあります。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

中島三郎助最期の地

中島三郎助は浦賀奉行所与力としてペリーと最初に交渉した人物で、長崎海軍伝習所の第一期生となり、後に軍艦操練所教授方にもなりました。箱館戦争では千代ヶ岡陣屋の守備につき、二人の息子とともに戦死しました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

千代ヶ岡陣屋跡

文化5年(1808年)に蝦夷地警備のために仙台藩が陣屋を設置したのが始まり。明治元年(1868年)、五稜郭を本拠とした旧幕府軍がここに兵を配置。明治2年(1869年)5月16日、新政府軍の総攻撃により、ついに陥落しました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旧開拓使函館市庁書籍庫

函館元町公園にある煉瓦造りの北海道指定文化財の書庫。明治13年(1980年)に建築され、煉瓦造りのため、明治40年(1907年)の大火でも類焼を免れたそうです。なお、使用されている煉瓦は函館近郊産とのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

函館奉行所跡

箱館奉行所は日本の北辺防備の拠点として設置された江戸幕府の役所。奉行所は享和3年(1803年)に箱館山の麓に設置され、元治元年(1864年)に五稜郭内に移転するまでこの地で機能していました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

一本木関門跡

箱館は戊辰戦争最後の激戦地。その箱館戦争の末期の明治2年(1869年)5月11日、土方歳三はついに戦死しました。場所は一本木関門の近く(現在の函館市若松町)で、銃弾を腹部に受けて即死状態だったとのことです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

武田斐三郎顕彰碑

武田斐三郎(後に成章)は伊予大洲出身の陸軍軍人。幕末に箱館奉行所勤務となり、弁天台場、五稜郭の設計建設に携わりました。維新後は、陸軍士官学校創設に尽力し、初代陸軍幼年学校長も務めました。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more